「ありがとう、私はその言葉だけで充分嬉しいよ。それに、ミサの姿でいる実沙季くんに褒められると、なんだか元気が出てくる。さ、こんな暗い話はもうやめようか!麦茶のおかわりいるかい?今日は凄く暑いからね」

気持ちを切り替えるように膝をぱん、と叩き、いつもの爽やかな偵之に戻る。それが少し無理をしているように見えてしまった。

「あの、僕にできることがあったらなんでもゆってください。僕、なんでもしますから」
「あははは、それは嬉しいな。じゃあ今日は実沙季くんを一人占めさせてもらおうかな。これだけは志尚にも玖斗にも負けたくないんだ」
「…はい、だいじょうぶです。今日は偵之さんの好きにしてください」
「実沙季くん?」

グラスを持って立ち上がり、キッチンへ向かおうとしていた背中に、実沙季は抱きついた。ドット柄のブラウスの袖と、シフォンスカートがひらりとはためく。
細いと思っていた偵之の背中は、力強く厚い。今まで色々なものを背負ってきたから、こうして力強い背中になったように感じる。

「えっと…?」
「偵之さん…」

偵之の想いを少しでも楽にできるのなら、どうにかしてやりたい。実沙季はその気持ちでいっぱいになり、ぎゅっとその細い腕に力を込めた。

***

偵之side

確か、あれは引越しの日だった。軽トラックに神原家の荷物を乗せ、影渕邸へ運んでいる時だ。
実沙季を影渕家へ置き、晃季と二人で神原家のマンションへ戻る道中、晃季から話をされた。

「多分、実沙季が最初に心を開けるのは、偵之くんだと思うんだ。君は大人で優しいし、とても穏やかだよね。三兄弟の中じゃ、多分僕に一番似ているんじゃないかい?ああ、ごめん。こんなおっさんに似てるなんて言われても嬉しくないだろうけどさ」
「いえいえそんな。光栄です」
「ははは、ありがとう」

そう運転しながら笑う晃季の口元は、口角がクッと上がっていてとても若々しい。以前、晃季の店がテレビで紹介され、コック帽を被った晃季の姿を見た。その時から若々しい人だと思っていたが、実際にこうして見るともっと若く見える。
晴子のパワフルな若さとは違い、体幹がしっかりとした内からの若々しさを感じる。
偵之は素直に、こんな歳の取り方をしたいと思った。

「それでね、僕に似ているから、実沙季は接しやすく感じると思うし、偵之くんは小さい頃から家計を支えてきたのだろう?家事も手伝って、食費を浮かそうと頑張って…実沙季もね、凄く頑張ってくれたんだ。
離婚してから、料理は平気だけど、掃除や洗濯がてんでダメだった自分に気付いてさ。あーもー、どうしようってところで実沙季が器用にやってくれたよ。
「お母さんがやってたようにやっただけだよ」って言って上手くこなしてくれたんだ。暴力が酷くて碌でもない女だと思ったけど、そういう面はちゃんとやってくれてたんだな。それからは実沙季は小さい体で掃除洗濯をしてくれて、今では料理も完璧になった。
だから、境遇が少し似ているんだ。晴子の話を聞く限り、君の方が大変な思いをしたから、実沙季の苦労は大したことがないように感じるかもしれないけどさ、実沙季から見たら、自分に一番近い人間なんだ。だから、仲良くしてやってくれよ」
「それは勿論です!そういうお話がなくても、私は実沙季くんと仲良くするつもりですから」
「頼もしいな。助かるよ」

そんな会話をしてから、偵之は実沙季を同志のように思っていた。
自分だけじゃない気がして、嬉しかった。
その上、実沙季が大好きなミサだったと知って、とても彼を近く感じた。そう、それはまるで運命だ。

だからだろうか、自分をもっと知ってほしくて、こんなことを話してしまったように思う。
誰にも話せなかった劣等感を、実沙季に打ち明けてしまいたかった。
彼なら優しく自分を受け入れて包んでくれると思っていたのだ。

でも、実際話してみると、心配そうな顔をしてこちらを見て、手を握ってくれているだけで良くなった。
慰めようと必死に言葉を紡いでくれる。何か出来ないかと考えてくれている。それだけで充分だ。
その気持ちが凄く嬉しい。

だから、彼に好きにしてくれと言われて、かなり戸惑ってしまう。冗談で済まそうと思って一人占めしたいと言っただけなのに、本気にして、背中に抱き着いてきて…

『これは、かなり、危ない……』

心臓がドキドキと高鳴った。
だって、実沙季の女装は凄いのだから。
動画で見ていた時は、清楚で可愛い少女だと思っていたが、実際に目の当たりにすると色気がある。
真っ白な肌に、男とは思えない魅惑的な腰のライン。体毛が薄いせいか髭もすね毛もない。剃り跡すらあるのか判らない。と言うか、剃っているのか?それすら判断が出来ない程だ。
ピンク色のぷるんとした唇は口紅の色なのかと思っていたが、スッピンの時も同じようにピンク色をしていて、ぷるぷると水分たっぷりだった。あの唇にキスをした志尚と玖斗に嫉妬してしまう。