ミント色の透け感があるパフスリーブブラウスに、同じくミント色の花柄ミニスカート。
長い前髪は額が出るように編み込まれ、黄色いリボンのヘアピンで止められている。地毛と同じ色のハーフウィッグはサラサラと背中に流れ、綺麗なシルエットを作った。

付け睫毛とディファインのコンタクトで大きくメイクされたパッチリの瞳に、グロスで輝くピンク色の唇は、ストローを挟みきゅっと窄められている。
女の子へと変身した実沙季は、双葉の部屋で久しぶりの女装を満喫していた。
ベッドに座っている双葉の足の間に座り、彼に寄りかかりウーロン茶を飲む実沙季は、正に女子だ。

傍から見たら部屋で寛いでいるカップルだろう。

「へー、そんなに大変だったんだ?サキ、犬苦手なのに住めるの?無理じゃね?」
「ムリムリ!ムリだからオスカーのおさんぽに行くときは絶対おしえてもらうようにしてるよ。玖斗さんが散歩させてるあいだは、僕は絶対外に出ないようにしてるの」
「ですよねー。そうじゃなきゃサキ死んじゃうよねえ」
「ホント!僕死んじゃう。しかもおっきいんだよ?おっきい犬なんてすごいこわいに決まってるよー!ナイショにしてたお父さんにはいっぱいおこった!」

ローテーブルにグラスを置き、自棄になったようにドン!と双葉に抱き付く。双葉は長い腕でそれを受け止め、実沙季をぎゅっと抱き締めた。

「でも家の人たちはいい人たちなんでしょ?それは良かったじゃん」
「うん。とてもいい人たちだよ。長男の偵之さんはやさしいし、家事を一緒にやってくれるし、次男の志尚さんはCDとか映画のブルーレイたくさん貸してくれるし、三男の玖斗さんは宿題一緒にみてくれたり、近所を案内してくれるよ。特に玖斗さんは弟がほしかったみたいで、よくかまってくれるけど、課題や撮影でいそがしいからあまりお家にいないかなあ」
「新しいお母さんは?」
「晴子さん?晴子さんもやさしいよ?一緒に夕飯作ったりしてる。でも、お父さんと二人きりにしてあげたいから、ちょっと気を使うかなあ。今はお盆休みだからお父さんのお休みの日とかお仕事終わってからよくおでかけしてて留守がちかも」
「え?新婚旅行は?」
「お父さん、長期の休みいま取れないから」
「そっかあ。じゃあ、全然女装出来てなかったんだね」
「うん。今日が久しぶりの女の子のかっこうなの」

甘えたように可愛い?と上目遣いで訊くと、双葉は素直に可愛い、と言ってくれる。
彼はいつも甘やかしてくれる。実沙季がほしい言葉をいつもくれるし、女の子のような扱いをしてくれる。そんな双葉にもし抱かれたら、きっと実沙季は彼を男性として…恋愛感情を芽生えさせるのだろうと思う。

でも、絶対にそれは有り得ない。何故なら双葉は実沙季をあくまで友人として好いているから。こうして可愛い格好をし、甘えても双葉は実沙季に欲情することは絶対にないし、一線を越えるような雰囲気にはさせない。
こうして甘えている実沙季を上手にあやしているだけなのだ。

そんな双葉が心地よくて、実沙季は安心して彼に身を委ねられる。

「これからはずっとウチで女の子の格好するしかないなあ」
「そうかも。ごめんね、迷惑かけて」
「えー全ッ然迷惑じゃないよ!いっぱい可愛い格好してよ。俺、サキが可愛くしてるの見るの好きだし」
「ほんとに?やったー、ふーちゃんありがとう!」

ちゅっと彼の唇にキスをすると「あははーベタベタするー」と笑いながらグロスがついた唇を手の甲で拭った。そんなデリカシーのない仕草が双葉らしくて好きだ。
そして、実沙季はどうやら女装をすると性格が変わるらしい。オープンになるというか自信に満ちるというか、少し強気になるのだ。そういった意味でも実沙季は変身に成功しているのである。

「ねえ、志尚さんに映画借りたから見よう?グリーに出てた俳優さんが出てるやつなんだって」
「え、グリーってケータイゲームの?」
「えー、ソシャゲじゃないよぉ。はい、ちゃんとテレビからはなれて見ようね」

デッキにセットし再生ボタンを押すと、タイミング良く一葉が同人誌即売会イベントから帰宅した。なので三人で仲良く映画を見て過ごした。
この格好はもう此処でしか出来ない。尾崎家を出る頃にはこの可愛い服を脱がなければならない。それがちょっぴり寂しくて、実沙季は双葉の腕の中で少しだけ涙を滲ませた。

***

「ただいま帰りました」

女装道具が入った大きなバッグを持って帰宅。

スニーカーを脱いでいると、ふわんとカレーの刺激的な香りがする。もう夕食を作っているのかと慌てて上がると、エプロンを付けた偵之がキッチンから出迎えに来た。

「おかえり実沙季くん。今日は志尚も玖斗も夕飯を一緒に食べるみたいだよ」
「あ、そうなんですか、すぐにおてつだいしますね…晴子さんは?」
「母さんは晃季さんのお店に行っているよ。夕飯はそっちでとるみたいだ。今夜は兄弟水入らずでのディナーだよ。だからみんなの好物を作ろうと思ってね。因みに実沙季くんの好きな料理は何だい?」
「えっと、エビチリと、アジの南蛮づけです」
「OK!じゃあエビチリにしよう。いいエビが親戚から送られてきたんだ。これは張り切って作らないとな。でも大変だぞ?志尚はカレーが好きで玖斗はハンバーグが好きなんだよ。かなりボリューミィなディナーになるね。だから実沙季くんには頑張って手伝ってもらわないとね」
「は、はい。それは勿論。お手伝いさせてください」