∴ 1 白い梅の花が咲いている。 小ぶりな木枝に綿毛のように柔らかく鎮座しているそれは、山道の脇に植えられていて、いち早く春を知らせ、まだ寒さが残る季節に暖かみを届けた。 滑らかですべすべとした太い幹が目立つ、木蓮の花が民家の庭から公道へはみ出しているのが見える。肉厚でずっしりとした花びらの力強さに、美しさを見出し、灰色がかった薄暗い季節からどこかほっとする穏やかな空気への変化を感じ取り、オレ、藍津李一(あいづりいち)はどこかわくわくした気持ちでバスに揺られた。 季節は三月、春休み。 オレは来月の四月で中学三年生になる。 この時期は新入生が寮へ引っ越してくる時期だ。今頃寮の方では新一年生達を物色しようとしている野郎共がいたりするんだろうなー。里帰り中の奴が多いのに、去年一昨年とやたら煩かったのを思い出した。引越し業者の人がいんだからやめてほしいんだけど、毎年恒例らしいから業者の人もなれっこだろうな。 因みにうちの寮は、一度そこに住めば基本、部屋替えをしない。学校によっては毎年寮棟が変わるところもあるらしいけれど、大和は違う。入学した中学一年から高校三年まで、ずっとそこで過ごすのだ。だから、卒業して出ていく三年生の寮棟が、新入生の寮棟へと変わる。ルームメイトも基本同じ。だけど、そこは生徒に任せているみたいで、二年目からは自由だ。っつっても、同学年同士じゃなきゃ組んじゃダメなんだけど。 そして、その新入生達を物色する時期なのだ。 今でも充分綺麗で可愛い奴はいるし、格好いい奴だっているんだから、そんな慌てて新入生を見に行かなくてもいいじゃないかと思うんだけど、新しい物好きな思春期の男達は、騒がずにはいられないらしい。花より男子とはよく言ったものだ。 終点である大和高校の前でバスは止まった。 オレは駅ビルで買った服屋の袋を片手に持ち、寮へと歩みを進める。まだ冷たい空気の中、麗らかな陽射しを浴びながら、桜の木の蕾を探した。蕾はまだまだ小さくて、開花は当分無さそうだ。 寮の前には何台も引越し用トラックが止まっている。逞しいお兄さん達がいくつもダンボール箱を担いでいる。日焼けした腕が物凄く太くて、セクシーだと思った。 「二年四組、藍津です」 「あいよっ」 寮監に名を伝えながら、お兄さん達をチラ見して横をすり抜け、靴からスリッパへと履き替える。よく分かんないけど寮内ではスリッパが義務。靴を専用の靴袋に入れて部屋まで持ち帰らなければならない。何でそんな面倒なことを。って感じだよね。潔癖症な寮監のせいらしいけど。 友が待っている部屋へと急いだ。 「たーかちゃーん、言われたとおり、鼻に突っ込む薬買ってきたよー」 「はあ!?リーチ、てめーが買ってきたどは服じゃねーか!ばっかじゃねーど!?」 「服もあんだけど、薬も買ったっつーの!ほら、見てよ」 「何で服買ってきてんだよ!薬だけにしろっつー……はっくしゅん!」 鼻声で怒鳴り、くしゃみをしたのは寮のルームメイトにして親友の白河鷹臣くん。通称たかちゃん。 中学生らしからぬ体格と色気を放つ、スーパーイケメン様だ。 「お前、服だんか買う時間あったら、さっさと帰宅しろ」 「いいじゃん。せっかく街まで出たんだからさ。はい、これでいいんだろ?」 「プッスタイプか?」 「プッシュタイプね」 どっかの地方の訛りみたいな鼻声だな。 オレは薬を箱から出して、説明書と共にソファで項垂れているたかちゃんに渡した。 たかちゃんは説明書を読まずに封を切ると、ノズルを鼻穴に突っ込み、薬を吹き付けている。 よっぽど鼻づまりが苦しかったようだ。 たかちゃんは何かもう発達が違う。 勿論、オレと比べても何もかも違う。身長は183センチだし、筋肉も凄い。引越し業者のお兄さんくらい、腕も胸も足も太い。胸板なんて、一枚鉄板でも入ってんじゃないかと思う。 何かもう、全部がデカい。縦にも横にも奥にもデカい。プロ野球選手かよ?ダルビッシュか?ってくらいデカいと思う。 その上ラテン系な顔付きのせいか独特な色気があるし、クドい。眠そうに垂れた目尻や、これでもかと高い鷲鼻とか、厚い下唇とか、パーツがクドいのだ。 その濃さが全て色気へ変換され、彼独特の気だるい微睡んだセクシーさをこれでもかとアピールしてくる。 男も女もたかちゃんにメロメロだ。 かくいうオレは普通の男だ。 身長も174センチだし、髪型補正の雰囲気イケメンなチャラ男。 頭も普通だし、勿論、顔も普通。たかちゃんみたいに彫り深くないし、めちゃくちゃアッサリしてる顔だと思う。 でも何故か人気者なんです。中等部生徒会長とか出来ちゃってるんです。よく分かりませんね。はい。 まあ、そんなお友達のたかちゃんが、今年に入って花粉症になりました。 目の方は平気みたいなんだけど、鼻が詰まってしょうがないらしい。だから優しい俺がバスに揺られて山を下り、街まで出て薬を買ってきてやったわけだ。 そんなの、たかちゃんファンの奴に頼めばいいじゃん!って文句言ったら「バカじゃねーの。よくわかんねーブサイク共に頼るよりお前や嗣彦に頼んだ方がいいんだよ。」とのこと。たかちゃんは気を許した人間以外には冷たいからな… |