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反対に利一はキッチリと一番上のホックまでしめているため、とても対照的な二人に見えた。

「あーあ、オレさ、みんなでお花見したいなーって思ってたんだけど、今年は無理そうだね」

もう散り始めている桜の木を見上げながら利一は嘆く。そういえば、桜介は名前に「桜」が入っている。調べたら彼の誕生日は八月だった。桜の季節ではないのに何故だろうか。
帰ったら訊いてみよう。

「バカじゃねーの。んなもん来年やりゃいいだろ」
「そうだけどさー、今年やりたかったんだって。でもそれどころじゃないしね。たかちゃん、さっさと騒動静めてよ?」
「わぁってるようっせーな。おい、寮監うるせぇからこっちから入るぞ」

顎を軽く突き出し、こっちだと利一を呼ぶ。当時の寮のシステムは、まだID制ではなく、門にある寮監室で帰宅の知らせをするものであったので、無断早退した二人はそのシステムを面倒くさがった。
なので、山側に壊れて穴のあいたフェンスから敷地内に入ることにしたのだ。

「ひー!たかちゃん!蛾!蛾がいる!」
「うっせーな!山なんだから虫くらいいんだろ!」
「で、でもさー!」

草木で鬱蒼としている山の中では、春になり活発になった虫が利一を襲っていた。度胸がなく、気弱な彼はヒーヒー騒ぎながら忙しなく手をパタパタと振って虫から逃げている。
山の上にある学校なのだから、虫くらいいて当たり前だし、いい加減慣れろと言いたい。

バキバキと豪快に音を鳴らしながら枝や草を踏んで進み、学ランを破かぬようにフェンスの穴を潜ると、結構な汗をかいた。
利一はそれも嫌みたいで、「うえー」だの、「学ランファブんなきゃじゃん」だの、「うわっ!うわっ!また蛾!」など騒いでいるから、もう一度「うるせぇ!」と言ってついでに背中を叩いた。

痛いと叫びながらピョンピョン跳ねる利一を無視して、自分の寮棟へ向かう。利一がついて来ないなと思ったが、そう言えばアイツは中等部二年の寮棟へ引越したんだったと思い出した。そうだ自分が嗣彦と同室になるように追い出したのだった。

『恵どうしてっかな。もう起きてなんかしてる頃だろ。メシは食ったのか?』

食堂に寄って何か軽食を買って来ようか。そう思いつき、足を食堂の方へ向けると、何故か後ろから利一が追いかけてきたのだ。

「たかちゃん!待って!待って!」
「あ〜?」

振り返ると、息を切らして大嫌いな虫に追いかけられているかのような利一の姿が。
汗を流してえっほえっほと不格好にこちらに向かってくる。

「あんだよ?」
「大変大変!!」
「ヘンタイヘンタイ?」
「大変大変!!!!」

鷹臣の悪ふざけに対して怒り半分に叫ぶ利一は、いいからと言うと鷹臣の腕を引っ張るように掴んできた。二の腕が痛み、利一の力強さを久しぶりに感じる。「いてぇな」とふり解けない雰囲気があり、思わず黙った。

「たかちゃん、早く来て!」
「どうした?」
「恵くんが高等部の人達に囲まれてんだよ!」
「は!?てめー、それを早く言え!!」

恵桜介だって!?
一気に頭に血が上り、利一の「あっち!」と言う声と同時に走り出した。

***

恵桜介は二度寝から目覚めると、まず最初に二の腕の痛みを覚えた。それは昨日、鷹臣に乱暴にベッドへ下ろされた時に生まれたもので、動かすと鈍い痛みを走らせる。腕を変な方向に向けて着いてしまったようで、見てみると青く痣が出来ていた。

『どうしよう。医務室行かなきゃ…』

「怪我をしたら小さな傷でもすぐに手当てをしなくちゃダメよ」そう母に言いつけられていたから、真面目な桜介の体は自然と手当てを求めるように動く。
それだけを考え、近くに落ちていたTシャツとハーフパンツを穿いた。裸で寝ていたから下着は穿いていない。下着が何処にあるのか探す気力もなく、裸じゃなければいいやといった具合だ。

『利き腕だし、面倒だなぁ。大したことがないといいな』

昨日、鷹臣と何をしたか、彼に何をされたかとか、幼い頃に助けてくれた女の子が実は男で鷹臣だったとか、そんなことは考える余裕はなく、ただぼんやりと部屋を出て閑散としている廊下を歩く。
皆学校に行っているようで寮内は静かだ。桜介の息遣いやスリッパのペタペタという音しかしない。
中等部三年の寮棟は自分がいた寮棟と同じ造りだが、やはり何処か違う感じがした。壁のシミや、所々置かれている観葉植物や、ドアの感じとか、匂いとか…

『ホントに、僕はここに引っ越すのかな』