熱の条件 | ナノ







鴻一はタブレットを受け取りタップして、立ったままの高月を見た。説明しろと目顔で言ったのだ。

「転入生、三島アキラですが、彼は大手居酒屋チェーン店『花一』の社長、三島秋彦(みしまあきひこ)の一人息子です。家族構成は、アキラと秋彦の二人。アキラが六歳の頃に両親は離婚しています。原因は、母親、レイラの不倫なので親権は勿論父親の方にありました。それからは住んでいた神奈川から引っ越して現在の東京の住所になっています。再婚はしていません。家族以外ではヘルパーに森山という女性が三島家へ通っていますね。
こちらの女性は2004年…三島父子が東京へ越してきてから勤めており、三島秋彦とは恋愛関係はなく、あくまで雇われている家政婦です。母親代わりと言った感じでしょうか」

液晶には、秋彦と元妻レイラ、アキラの写真と花一の看板写真。恰幅のよい森山という家政婦。そして花一の経営状況についての文書が映し出されている。鴻一は写真を見て、アキラは父親似なんだなと思った。アイヌ系の濃い顔をしているレイラと違い、秋彦は日本男児のように凛とした涼やかな顔立ちをしている。特に切れ長の瞳が秋彦とそっくりだ。


転入生・三島アキラを一目見て、鴻一は彼に何か違和感を抱えていたのだ。
コイツには何かがある、と。

それが何かはハッキリとは分からない。だが、アキラからジワジワと感じる鷹臣に似た闇と、変質的な気持ち悪さや不気味さがあった。
鴻一の脳が鴻一自身に危険だと信号をずっと送っていた。

だから、アキラの教室での様子を親衛隊に報告させていたのだ。
完璧に監視させているわけではなかった。気になったところがあったら言えと伝えていた程度だ。
そうしたら、アキラはとびきりの優等生故に、誰とも分け隔てなく接する。それが例え恵桜介でも−−…なんて報告がきたものだから、胸騒ぎを覚え、親衛隊に極秘で本格的な調査を命じた。
もし彼が、恵桜介を狙っているのなら、それは白河派の敵だと言うことだから…


「花なんちゃらなら知っているぞ。駅前の雑居ビルの中によく入っているのを見るな!」
「そうですね。店舗数は多いです」

こん、とタブレットを叩いて高月を見た。
鴻一はそういう店に抵抗はない。入れるものなら入ってみたいが、周りが許さないので一度も行った事がなかったりする。

「その花ちゃんとかっていう飯屋の家は、鷹臣の家や、恵くんの家には関係しているのか?」
「それは無いと思います。大和グループとは関係ありませんし、恵家とも関わりはありません。離婚した母親も関係はないようです」
「ふーん!じゃあ、もっと大事な事を報告しなさい!」
「はい、そのつもりです。三島家のことは、時間がある時にでも目を通して下さい。
では、次に、三島は確かに鳳学園の生徒で、ストレートな人間です」
「それだよそれ!それが大切importanceなんだよ!」

鴻一は高月がついてこれなさそうなノリで、親指をビシッと立てる。
正直、家のことはどうでもいい。
何故なら、アキラの性癖が重要だからだ。

「鳳学園でも三島は人気なようでした。ですがそれは主に女子にです。相当遊んでいたようですね。男と性的に遊んでいた報告はありません。女のみと関係を持っています」
「見た目がそう言っているからな!」

液晶に現れたのは、パーマがあてられた、金色に近い茶髪に、ホストのようにつり上がった細眉で、アヒル口なんかしてる、如何にもチャラ男なアキラの姿だ。
今の爽やかスタイルとは違い、直人が読者モデルをしている雑誌に出て来そうな、軽い男に見える。何人もの女の子から熱烈アピールをされ、やる事はやってるだろうというのは容易に想像出来た。

「ですが、男友達もちゃんといたようです。ノリが良かったのでしょう。常に楽しそうにバカ笑いをしているタイプです。今ほど分け隔てなく接する、という事はしなかったようですが、平均以上の友人の数でした。イケメンですしね。
女性遍歴は多いので割愛します…一番最近ですと、その松下あんなという女性ですね。クラスメイトだったそうです。去年の九月まで付き合っています」
「この、目が虫みたいな女だな!うん!悪趣味だぞ!」
「はい、虫みたいな目の女性です」

アキラと一緒に写真に写っている女、松下あんなの顔をマジマジと見た。

元は問題なく可愛い部類なのだろうが、必要以上に着飾っているように見える。化粧は付け睫毛とカラーコンタクトで大きくしたやけに黒い瞳が目立っている。髪の毛もふわふわに巻かれていて、色は暗い分まだ清楚に見えるが傷んでいるようだ。爪だって長い。料理は絶対しないタイプだろう。顔が可愛く、ギャルという程派手にはしていないが、よく居る部類の個性がない、量産型で頭が悪そうな女だ。

良さを理解する前に流行り物に飛び付くタイプだろう、とぼんやりと思った。
甘ったれているようなとろけた顔をして、アキラとピースサインをしている姿を見て、相当アキラに夢中だったように見える。


「その松下が言うには、去年の八月に、三島の父方の祖母、タエの容態が悪化したそうです。もともと癌で入退院を繰り返していたらしく、いつ逝かれてもおかしくなかったとか。お婆ちゃん子だった三島は、タエの見舞いに勤しみました。
その時に言われたそうですよ「あんたはもっと出来る人間になるべきだ」と」
「出来る人間、って?」
「説明します。三島は見た目はそんなですが、鳳での成績は優秀です。しかも飲み込みが早く、タエが遊びで教えた着物の着付けやお茶や華道、お琴といったテンプレートな習い事まで難なく修得したようです。水泳や習字、ピアノといったオーソドックスな習い事もスムーズにこなしました。成績も常に上位五位以内に入っています。
そんな人間なのに、見た目で損をしている。と言ったわけです」