∴ 1 アキラside 今日はいくら話し掛けても、応えてくれない。 「いい加減やめるべきだ。三島くん、その内痛い目に遭うよ」 「俺の顔がぼこぼこになったりするのかい?」 「それで済めばいい方だな」 「確かに。その時は官僚に助けてもらおうかな」 「そのあだ名はやめろ」 アキラは貫地谷鐐平の前の席に座り、彼の机に頬杖を付きながら、窓側の席に座っている桜介を眺めている。 静かに本を読んでいる桜介の横顔は可愛く、キスしたいとぼんやり考えた。 今日になり、いきなり桜介に無視をされている。 まあそれまでも会話らしい会話はなく、アキラからの質問にたどたどしく答えただけだ。 こちらからの一方的なアプローチに困っていたのは見ていて分かるし、会話下手なのも見ていて分かる。 はたから見たら、相手にされていないのは丸分かり。だから無視をされても仕方ないのだが、いきなりこれはちょっと傷付く。 「今日はちょっと暑いね。シャツを半袖にしたよ」や「課題やってきたかい?俺、少し自信ないんだ」や、「恵くん、今日の体育はペアになろうよ」など、全て無視だ。 鐐平に愚痴を零したが、彼は呆れながらやめろと言うだけ。 因みに官僚と言うのは、鐐平のあだ名だ。貫地谷鐐平を略して付けた。 鐐平とは仲良くやっている。頭がいいし、無駄な事を話さない。そして変に干渉してこないので、付き合いやすい。 「君は普通の人間だと思っていたから意外だ。恵くんを好きになるとは思わなかった。騙されたよ」 「美人には弱いんだよ」 「それは僕だってそうだ。ただ、三島くんは男には興味無いと思っていたからね」 「そうだね…でも、あそこまで綺麗だと別かな?」 「なるほど…行き過ぎている気はするがな」 鐐平と一緒に桜介を見つめる。 つんと高い鼻から、控え目な唇、小さい顎までのラインが美しい。 憂いを帯びた大きな瞳が何とも言えない魅力を醸し出していて、早く手に入れたいと強く思った。 『可愛い…コウくんより可愛いわ。見た目は勿論だけど控え目な話し方も、ちょっとおどおどしてるとこも、困ったように眉毛下げるところも、全部可愛い。読書が趣味なところもいいし、運動出来ないところもいい。これはいじめたくなるわな。まあ、俺はそういうことしないけど、溺愛して溺愛して溺愛して溺愛して、俺に夢中にさせる。あんな男より俺を選ばせる。あー、思い出したらムカついてきた。白河とのラインのやり取り。何だよ球技大会の写真って。「間抜けなメグばっかりで面白かった」とか。しかも「今度、体操着でヤらせろよ」とかマジムカつく。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね。絶対させねぇ。俺がこの学校に来たんだ。アイツにはもう触らせねぇ。絶対だ。早く俺のものにしてやる』 表には出さずに、怒りの渦を体中にかけ巡らせる。 アキラは毎日、桜介のスマートフォンのチェックをしている。 体育の授業がある時や、移動教室の時など、教室に誰もいないときに隙を見て盗み見るのだ。 その時に見た、桜介と白河のやり取りに苛立っている。 そんなやり取りがあった上に、桜介に無視をされてしまっては、気分は沈む一方だ。 気分が沈むだけで、彼には人のプライベートを覗いている罪悪感は微塵もない。 「三島くん、戸塚が一人でいる」 「え?」 早く桜介を手に入れたい。 そんなことばかり考えていると、鐐平の言葉で現実に引き戻された。 彼を見ると、戸塚と呼ばれた生徒の方に顎をしゃくって示した。 戸塚は何処を見ているのか、ぼんやりと席についている。 かなり太めの体型で、顔には締りがない。よくクラスで孤立している生徒だ。 「行ってくる」 「うん」 椅子から立ち上がり、鐐平の肩に軽く手を乗せて戸塚の元へ向かった。目尻を下げ、はにかんだような笑みを作り、紳士的な雰囲気を作り出す。 アキラはそういう生徒にはよく声をかけるようにしているのだ。 何故かと言うと、こうすることで桜介を構うことが不自然に見えなくなるから。桜介を構うと同時に、クラスで目立たない地味な生徒や、コミュニケーションの不器用さ故に孤立する生徒とも交流を深める。 第三者から見たら、「誰にでも分け隔てなく接する優等生」に映るだろう。 外部生というのもあり、鷹臣を知らないのだから裏校則を軽んずるのも仕方ない、と思われる。 それにアキラが構うのは、桜介よりもこういう孤立しがちな生徒の方が多いし、会話している時間もこういった生徒の方が長い。 『本当は全ッ然絡みたくないんだけどな。男でしかもコミュ障とか相手して誰が得すんだよ』 なんて腹の中で思っても 「戸塚くん、昨日の特番見た?戸塚くんの好きなAKBの子が出ていたね」 「三島くんも昨日見たんだ!そうだよ、俺の推しメンの…」 自慢の人好きする笑顔を向けて、絶対本性は見せないのである。それに、 「三島くん、また戸塚に絡みに行ってる…僕のことも構ってくれたらいいのにィ」 「三島は誰にでも平等にああだろ。お前とだってメシ食ったじゃん」 「違うのーっ、もっと特別な感じになりたいのーっ」 「無理じゃね?外部生だし、あれは多分ノンケだ。諦めろ」 「うう、確かにそうかもォ」 |