∴ 5 ナンパの場合は100%成功するが、これはナンパではないし、ましてや相手は男。普段とは勝手が違う。 普通はナンパの方が緊張するのもなのだろうが、チャラチャラしたアキラからしたら逆らしい。 『大丈夫、大丈夫』 そう言い聞かせ、アイスコーヒーを一口飲み、喉を潤わせてから息を吸った。 少年の方へ体を向け右手を軽く上げて声をかける姿勢を作り、いざ… 「あの、すみませ…」 「メグ、待たせたな」 だがそれは、突然現れた大男によって遮られてしまった。 タイミングをわざわざ合わせたのか、声を綺麗に被せ、緊張で強ばったそれを軽々と打ち消してきた。 自分の声と被せてきた大男。 しかもアキラと少年の間に壁を作るように体を滑り込ませ、こちらに背を向けて少年の肩を抱いている。 背は、アキラより高いかもしれない。190cm近いかもしくはそれ以上。水泳でもやっているのだろうか、背中が広く筋肉の発達がよく分かる。 「男子トイレなのにやったら混んでたんだよなー。並んでたら遅くなった」 「そうなんですか?珍しいですね…」 スツールに座り直し、そのまま肩を組みながら手にしたアイスフラペチーノを飲んでいる。 見えた横顔が、やたら男前だ。 『彼氏?もしかして、ホモか?』 椅子を二つ挟んで隣に座る男をチラチラと観察。 筋肉質で体が大きい。デニムシャツから出ている腕は太いし、筋張っている。胸板も厚いのだろう、胸元のボタン部分に、突っ張ったようなシワが寄っている。 体の大きさの割には頭は小さい。項が隠れるくらい長い髪を耳に掛けている。尖った耳が目立つ。 これでもかと眩しい金髪だが、傷んでいない、ツヤツヤだ。腕時計はフランクミュラー。学生が持つにしては高価な物だ。靴だって、恐らくサンローランのものをはいている。 アクセサリーはつけていなかった。もしかしたら、結構な金持ちなのだろう。 『顔が濃いイケメンだな…』 パーツが綺麗な、スッキリとした美を持つアキラに対し、この男はエキゾチックな美を持っている。 ぐっと上がった眉に反して、まつ毛が濃くいやらしさを見せる目尻が垂れた瞳。くっきりとした二重は奥まっていて、非常に彫りが深い。 大きな鷲鼻から、しっかりした骨格の顎までのEラインは美しく、そして男らしさを持っている。 少し厚みのある、血色のいい下唇を噛む癖があるようで、女性にはセクシーな印象を与えるだろう。 アキラの正当な美とはかけ離れた、危険な香りがする美である。 『何か話しかけにくいな…一人じゃなかったのか…』 男の右手は、ずっと少年に触れたまま。 どう見てもホモのカップルにしか見えず、尚更声なんてかけられない。 「メグ、この後どうするよ?夕飯にはまだ時間があんだろ?何処か行くか?」 「あ、じゃあ本屋さんに…」 「また本屋?服や靴はいいのか?メグに似合いそうなのあったらプレゼントするぜ」 「いいえ、欲しい物、ないんです」 小さいが、とても澄んだ綺麗な声が耳に入る。控え目な感じが愛らしく、凄く可憐だ。 印象通りにおとなしそうな少年は、頬を染めて困ったように笑んでいる。赤面症なのだろうか 『可愛い…これなら、男とか女とか関係ないだろ…』 自分の彼女ですら、どうでも良くなってしまう。 このイケメンがべたべたするのも納得だ。 目の前のガラスに映った少年の表情や仕草に釘付けになっていると、どうやらもう移動するらしく荷物をまとめ始めた。 『うわ、移動するのか!』 −結局、アキラは声をかける事が出来なかった。 しかし、三つの単語は獲られた。 「メグ」と「シラカワ先輩」と「ヤマト」だ。 暫く後をつけて獲られたこの成果は大きい。特に「ヤマト」は。 聞こえた瞬間、その場でスマートフォンで調べた結果、この田舎町には私立大和中等学校・高等学校があるらしく、この二人はその生徒のようだ。 全寮制の学校らしく、二人の会話から寮住みなのは確認出来たから間違いない。 急いで帰宅し、家のパソコンを使い、フェイスブックやツイッターで大和高等学校の生徒を検索。 その生徒の日記や呟きから、コウくんに似ている少年の名前を特定した。 恵桜介、と。 同時に、白河鷹臣の恋人であるらしい、ということも分かった。 それからはずっとフェイスブックやツイッターに齧り付き、桜介の情報を収集しまくった。 あの可愛さ故にやはり桜介は有名で、彼を好いている人間は多い。ネット上で桜介の事をメグたんと呼び、アイドル扱いしている輩はすぐにチェックした。 そのファン達の発言から、桜介の趣味が読書で、三島由紀夫を読んでいる事を知ったのだ。 偶然にも自分の姓も三島だ。 運命だと思った。 そして、アキラは桜介を手に入れる決心をしたのである。 |