熱の条件 | ナノ







浅田鴻一は上品に食べ物を咀嚼しながらも、ペラペラと動く唇は止めない。
普通なら喋っている拍子に口から何かが飛び出しそうなものだが、彼はそんな失態は絶対にしなかった。
綺麗な指で美しく箸を握り、マナー講座のお手本動画のように滑らかな動きを見せる。
優雅な食事シーンに、誰かのおしゃべりしている声を被せているかのような違和感だ。

「僕はオモチャを集めるのは好きなんだけど、プラモデルには中々手を出さないでいたんだ。自分が不器用なのをちゃんと知っているからね!でも、1/60サイズのシャアザクがやっぱりカッコイイイケメンくんだったから、プラモデルにもチャレンジしなくちゃあって思ったんだ。いきなり大きいサイズには手を出せないから、1/144から初めて1/100サイズまで馴らしたよ!僕の部屋に沢山飾ってある!いんやー、日本製の親切さは素晴らしいものさ!間違えやすい部品があるから注意とか一々書いてあるし、差し込む向きの説明までバカ丁寧に載っている!僕はひょいひょいひょーいっと作ってしまったね。それはまるで一級建築士の技術のようだったよ。はあ、高岡にだけ見せたのが勿体なかったなぁ。まったく、あのスカした高井戸には僕のプラモデルに対する情熱と愛情が解らないみたいでね、ほんっとー…」

何を言っているんだこの男は。そして高岡でも高井戸でもない、おそらく高月だろう。
延々とプラモデルのことを熱弁する浅田鴻一に、サトシとピカチュウは「はい!はい!」と元気良く相槌を打つ。見た目の割には体育会系だ。
そして、この男の話を聞かなければならないから、二人は全く食事が出来ていない。ピカチュウのうどんが伸びてしまう。

「サトシはプラモデルはやらないのかい!?オタクっぽい見た目をしているから、随分作っただろう!」

なんという失礼な男だ。

「えっと、俺はジオラマ作るのが好きで…鉄道模型とか…そっちです」
「ほーぅ鉄オタか!それはそれは変態だなぁ随分!」

…なんという失礼な男だ。
しかし、サトシは照れたように笑い、喜んでいる。浅田に弄られるのなら何でも嬉しいらしい。
「今度僕のプラモデルの為に何か作ってくれたまえよ。スペースコロニーがいいなぁ!」なんてちゃっかり注文しては意味ありげな視線をサトシに送った。
あらあら、サトシはもう浅田鴻一にメロメロだ。喜んで首を縦に振っている。
反対にピカチュウは羨ましそうにサトシを眺めていた。
浅田鴻一、彼も構ってあげなくては、親衛隊を抜けてしまうよ。

「ピカチュウはなにをしているんだい!?アンパンかい!?」

ぶふぅ!!
思わず米を吹き出しそうになってしまった。な、なんて失礼なんだ。しかも、アンパンって…今時シンナー吸引をそう呼ぶ奴なんて絶滅していると思っていた。
ほら、ピカチュウはアンパンの意味が全然分かっていないじゃないか。アンパンより蒸しパンのほうが好きです。なんて言っている。素直だなピカチュウは。

調子に乗りまくっている浅田鴻一は、楽しそうに豪快に笑うと、二人に親衛隊の仕事を早速与えてやろう。なぁに、調べものをすればいいだけさ。なんて肩を組んで言った。

可哀想に。どうせ下らない調べ物をさせられるのだろう。だって、下らなくない調べ物は、私がしているのだから。
そしてその煩さや、会話へのツッコミに精神的に疲れて、食事もした気になれずに中途半端な空腹を抱えて過ごしたのだ。帰宅してから食べたチョコレートバーが物凄く美味く感じた。


……さて、私は今、私が知る限り一番の変人とやり取りをしている。高飛車で男をはべらせる籠原嗣彦や、こうして煩いだけの浅田鴻一や、何を考えているのか解らない久米黎治郎や、自身のファンには尽く冷たい中野島直人よりも、更に更に変な奴。

白河鷹臣。この大和で王であった人物だ。

おそらく、彼が王だったせいでこの学校はおかしくなったんじゃないかと思っている。だって、彼の執着心は異常だ。
同じ人間を四年間も愛し、今も愛している。相思相愛ではないのに、だ。
その歪みに、ここの奴らは当てられたのかもしれない。なんて。

そんな彼に私はある事を頼まれた。
四天王に頼むのではなく、私に「不審な動きがないか監視してほしい」なんて依頼してきたのだ。
何故私なのか。監視対象者と私には何ら接点はないのに。しかし、王直々に頼まれたのなら、引き受けねばなるまい。

私はノートパソコンを開き、ほとんどコピー&ペーストとなった報告書を打ち込む。−監視対象者の名前なんて言わずとも解るだろう、有名人なのだから−その彼についての一日の行動を箇条書きにしたものだ。

今日もいつもと変わらない。友人である中野島直人と過ごしていた。大人しくて誰とも交流しないせいか、この報告書には常に中野島直人の名前が挙がる。私は彼とは話したこともないのに、これのせいで勝手に親しみを覚えてしまったほどだ。

『今度、中野島に話しかけてみようか…』

そんなイタズラ心が生まれてしまう。私はほくそ笑むだけに止めた。

送信コマンドにカーソルを合わせてクリック。
白河氏は、代わり映えのない同じような報告書で飽きないのだろうか。
ああ、違う。代わり映えがない方がいいだろう。このまま、何事も無く白河氏が余計な心配をしないように過ごしてくれればいい。

私は心の底からそう願う。
その刹那、部屋の電気が消えた。パソコン以外が暗い。ああ、やはり落ちたみたいだ。
「うおおお!?」と叫ぶルームメイトの為に、私はすぐにローソクがあると大声で教えてやった。