熱の条件 | ナノ






首を捻ると、奥のテーブル席から先程の男がこちらを睨みつけている。アキラが早く席を離れるようにと目顔で命令しているようだ。

「んー…じゃあカオルの部屋で」
「うん、そうしよう」

だから逃げるようにモニカから出た。
雨は上がっていた。



カオルの部屋は女子の部屋のようだ。
ディズニーキャラクターが好きで、広い室内にはダッフィーのぬいぐるみや、ナイトメアビフォアクリスマスの壁掛け時計。シンデレラをモデルとしたブライス人形が飾ってある。
ミッキーやプーさんのクッションも転がっているし、ティッシュカバーはデイジーの紫だ。部屋の隅には胴体がすっぽり隠れるくらい大きなドナルドやグーフィーのぬいぐるみが転がっている。カッシーナのソファはミニーのぬいぐるみにほぼ占領されてしまっていて大きいのにこれでは二人しか座れない。
そう、このソファに寝そべり、彼はメンズスタイルを読んでいたのだ。
高級マンションの高級感が消えているその部屋は何だか懐かしく感じる。
そんなディズニーグッズの中で、紫陽花の花が飾られているのを見て、本当に直人が好きなのだなとアキラは引いた。
あのメガネ男の何処がいいのかさっぱり解らない。


「そういうことなんだ。むずかしいなぁ」

そのソファに座り、桜介のこと、大和での裏校則のこと、直人のことを全てカオルに話した。
カオルはあまり頭が良くないようで、理解させるのにかなりの時間を使ってしまった。

「そう。だからカオルには中野島を落としてほしいんだよね。アイツのタイプに、カオルはハマると思うからさー」
「うん、出来るならそうしたい…でも、俺、緊張し過ぎて…上手く出来るか判らないよ…」
『なーに言ってんだか…』

不安そうに俯き、口元に手をやる姿を見て、これなら大丈夫だろうと確信する。だって、そんないじらしい仕草、まるで桜介みたいじゃないか。

『まー、桜より大分頭足りないけど』

問題は馬鹿そうなところだが…彼特有のエロさでカバーしてもらおう。
あとの問題は距離だ。大和があるF市とこの西新宿はかなり離れている。電車で二時間は確実にかかる距離というのは、かなりしんどいだろう。


「カオルなら大丈夫だって。ありのままの姿を見せたら、絶対落とせるから」
「そうかなぁ」
「だってさぁ、男がダメな俺がカオルには触れたんだよ?それくらいカオルは魅力的なんだから余裕だろ。中野島なんてソッコーで落とせるから!出会って五秒で合体出来るからさぁ」

我ながら酷い持ち上げ方だ。

「んー、そう?」

だが、カオルにはそれが通じる。本当に大丈夫か?と心配になるくらいちょろい。

「そうだよ。カオルしかいないんだよ、中野島を相手に出来るのは。俺の恋人を取り戻したいからさ、頼むって」
「でも、アキラ…俺には勃たせてくれなかったよ?」
「勃たなかったけど、嫌悪感は無かったよ」
「んー…そっかぁ…」

ミニーを抱いて黙り込んだ。迷っているポーズをとっているが、意思は決まっているように見える。
カオルの綺麗な瞳を見ると、直人に会えるかもしれない、という期待に満ちているのが分かる。

「じゃあ、ちょっと待っててね?」
「うん」

悩んでいるポーズが終わると、スマートフォンを持って寝室へと消えていった。誰かと話しているのが聞こえる。きっとスポンサーだかパパだかその辺だろう。


『しっかし、変わってねーなー…』

ミニーだらけのソファにごろりと横になり、天井を見上げた。
この部屋は半年前と変わらない。変わらず、ディズニーグッズで埋められている。
最初は驚いたものだ。ホモってこんな趣味してんの?なんて偏見を込めた目で見ていたりもした。

「……」

あの寝室で、アキラはカオルの身体に触れたのだ。
彼に欲情した故に金で買った訳ではない。練習したいがために買ったというのに、カオルは優しかった。
気にならないようにといい香りがするボディソープでこれでもかと体を洗ってくれたし、こちらの気持ちを優先してくれた。

「うん、フェラはそれでいいよ。そう、自分がされて気持ちいいようにやって?ガマン汁は、無理に飲まなくていいから、ヨダレと一緒に出してべしょべしょにしちゃっていいよ?」

そう言って、優しく頭を撫でてくれたのを覚えている。口内でイかせた時も、口に出された精液が不快で、これでもかと顔を顰めてしまったのだが、早く口を濯いできな、と背中を押してくれた。
普通なら、お前がやりたいと言ったんだろ?と怒りたくなるのに、カオルは気持ち悪がるアキラを心配してくれていた。
後孔の解し方も、上手くいかずに時間をかけてしまったのに、最後まで付き合ってくれた。
あの時は上手くならなければ、とそればかり考えていて、気が回らなかったから気付かなかった。カオルは物凄く包容力がある。

『今思うとめちゃくちゃ優しーじゃん。あー、中野島には勿体ねぇなー…』

でも、カオルが喜ぶなら会わせてやりたいなあ、なんて思いながらソファの上でうだうだと寝転がる。

『カオルにはもっとこう、ちゃんとしてて、収入もしっかりあって、明るくて優しくて、年上の男が似合うんだよ。中野島は違うんだよなー!あー!うわー!』

娘を嫁に出す父親のような心境だ。
そう一人で暴れていると、電話を終えたカオルが満面の笑みで出てきた。
そして、

「あのねぇ、F市のマンション、借りてくれるんだってー。商店街?の近くにあるんだって。そこにするって言ってたよ」

と、パトロンが部屋の手配をしてくれるらしい。
あまりにあっさり決まったものだから、アキラは「そう」としか返せなかった。

『部屋まで決められんのかよ。俺は今日の内にそこまで決まるなんて予想してなかったぞ』

よっぽど凄いパトロンでも居るのだろう。そんな相手にたったの五万でことを致した事に、アキラは申し訳なくなり、意味もなく頭を下げたりした。