手のひらで芽吹く


なんだか最近急に寒くなった気がする。日が暮れるのも早くなったし、早く家に帰りたいとも思うようになった。正直に言うとクリスマスが近いからという理由もある。賑わしい街をひとり歩くのはなんだか気が引けるし、そんなことをして寂しさに身を切られるなんて自虐に走るより、家に帰ってコタツに足を突っ込みながらテレビでも見るべきだと思う。そんなわたしは独り者の女の典型だった。人肌恋しい季節だなんてよく言うけれど、人肌恋しくない季節なんてわたしにはなかったように思う。

「あー…」

だらしなく開いた口からため息とも独り言とも言えない声が出る。冬ってこんなにも嫌な季節だったかしらとシュンと肩を落とせば、低くて落ち着いた声がわたしの名前を呼んだ。

「暗いな、どうした?」

大きな歩幅でわたしとの距離を詰める緑川さんに迫力を感じつつ、ちょっと寒くて、と当たり障りのない返事をする。だってそれ以外に言いようがない。まさか人肌恋しくて落ち込んでますだなんて言えないじゃない。わたしにだってプライドがあるし見栄だって張りたいのだ。この歳で彼氏がいないなんて誰にも知られたくない。

「風邪ひくなよ」
「大丈夫です」

体調を崩したりなんかしたらますます寂しさに苛まれることになる。だからわたしは全力で健康を保つのだ。

「女性は体を冷やすと良くないらしいな」

この季節よくある話題に、そうらしいですね、と口を開きかけた瞬間。ごく自然な動作で温かくて大きな手がわたしの両手をそっと握っていた。あまりの冷たさに驚いたのか、うわ、と無遠慮な声が降ってくる。大きくて皮膚の厚い、少しだけ乾燥した手。じんわりと染み入るようにわたしへ移ってくる彼の温度は、痛いくらいにかじかんだ指先にまるで刺さるような温かさだった。それは全身の血管を巡り心臓に行き着くように、狂ったくらい胸をドキドキさせる。
バカみたいに口を開けて緑川さんの顔を見ていると不意に破顔され、更にぎゅっと強めに握られる。とどめを刺された、と思った。

「冷やすと良くないらしいぞ」

そうニコリと微笑まれれば、はいと大人しく頷くしかない。気づけば手も足も顔も、どこもかしこも熱くなっていた。


END
:111202

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