君へ


「めそめそするな」

我ながらなんと優しさに欠けた言葉だろうと思う。ただ泣いている顔を見たくなくて声をかけただけだというのに、どういうわけか裏目に出る。こいつといると自分の性格を呪うことが多くなるということに最近気がついたところだ。
泣いている理由は至極簡単。まじめで人の善いこいつが溜め込んだ日々のいろんな物が溢れたのだろう。いっそ声を荒げて泣けばいいのに、俺にさえ知られないようひっそりと泣くのだ。俺にはそれが堪らない。
案の定、先の言葉にデカい目玉からぼろりとこれもまた大きな涙が溢れてしまった。

「違う、そういう意味じゃねえ」

それでも流れるままに涙を流す名前。俺は見るに見かねてぐい、と涙を拭う。けれども次から次へと俺の手を濡らす雫に、面倒くさくなって名前の顔を胸に押しつけた。
俺は言葉足らずなのだ。彼女を傷つけたいわけでは決してない。そんなこと言わずともわかってくれ、とも思う。こんなふうに疲弊した名前を慰めたくても優しい言葉は出てこない。それでも直接言わなければわかってはくれないし、言葉にするとこいつは喜ぶから、俺の口はいつもオートで開かれる。

「…お前はよくやってる。そうだろ」

だから泣くのやめてくんねえか、とため息混じりに呟けば、驚くほど情けない声に変わってしまった。
一方の名前は、もぞもぞと身動ぎをしたかと思えばおもむろに腰に抱きついてきた。おそらく、もう泣くのはやめたのだろう。鼻をすする音だけがテレビもつけていない部屋に響いた。

「…シゲちゃんが慰めてくれるときの声、好き」

やっと口を開いたと思えば、本当に突拍子もないことしか言わないのだ、この女は。

「声だけか」
「えへへ、やっぱ全部」

少しばかり声が明るくなり、抱きつく力も強くなる。やはりこいつはこうでなくては。俺の調子も狂うというものだ。
胸の辺りが湿っぽく温かい。割と気に入っていたシャツなのだが、今は何も言うまい。


END:111105

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