グラリ、 視界が傾く。 「――――え?」 柔らかいマットが背に当たり、緩く波打った。 電気の付けられていない室内は、煌々とした月明かりで照らされ、完全な暗闇ではなかった。 「…ど、したの、急に」 掠れて情けない声。 みっともなく震えるのは、緊張からなのだろうか。 普段じっくり見ることのない冬哉の瞳が美しい光彩を放ち、目を反らせないままじっとしていた。 「…抵抗、しねぇの?」 サラリと頬を撫でる冬哉の手。 それに意識を取られながらも、首を傾げる。 「なんで?」 「なんでって…。」 珍しく困った様な顔をした冬哉に、笑いかける。 やっぱり情けない事に、まだ緊張しているらしい俺の表情筋は上手く動かなかった。 若干ぎこちないだろう笑みを浮かべる。 「好き合ってれば、自然なんでしょう?」 俺自身、そういった経験は無いし、そういう欲もあまり感じたことはなかったけど、普通はそうではない事は理解している。 自分が女役だろう事も察しがついていたし、怖いけれど、冬哉ならと 思う。 不毛で、あまり褒められた行為では無いけど、初めてが冬哉なら いいと、思う。 「…まだ、抱かない。」 寝室で、ベッドに押し倒している人間が何を言っているんだと思うかも知れないが、冬哉の目が一層強い光彩を放ったから、俺は黙って頷いた。 「そっか…。」 「嬉しそうにすんなよ…。」 呆れたように呟いてから、触れ合うだけのキスが送られる。 絡めた手の震えが、伝わってしまったのかもしれない。 冬哉は何かと俺に甘いから、平常心を保とうとする俺を気遣ったのかもしれない。 「なぁ、悠。」 「ん…?」 幼稚なキスを享受していると、不意に冬哉が俺の前髪を掻き上げて額を合わせた。 「ゆっくりで、いいから。」 何が。とは聞かなかった。 俺の世界は狭い。 とても狭かった。 広がったのはつい最近で、複雑な感情を浮かべ始めてからも日は浅い。 広い世界を見せてくれたのは、紛れもなく冬哉。 望みの無い片想いから、努力が許される距離になって、毎日が輝いた。 「ありがとう、」 穏やかで優しい俺達の恋は、僅かな激情を孕んで、緩やかに流れる。 Caress your love |