待つ幸せ





 此のとき劉備は西川を平定したばかりで、善政を敷く為、皆多忙を極めていた。

「…肩が凝る」

 肩を叩き、緩慢と書面に筆を走らす馬超。
 彼の魅力は荒々しいまでの勇猛さで、其れが比例して初陣では首級を上げ、潼関では乱世の奸雄を追い詰めたりと、数々の武勇伝を残している。
 そんな彼が文武両道の将とはお世辞にも言えず、馬超にとって此の現状は窮屈でしか無かった。

「余り根を詰めぬよう。お身体に触ります」

 馬超を気遣う関平も、どちらかと言えば馬超と同じ人種で、然し彼の仕事は馬超に比べて少なかった。
 養父の輔翼を務める彼は、本来ならば荊州にいる身。成都を制圧した際に頂いた恩賞の返礼と養父の私事で西川に訪れているだけで、関平の仕事は此処には無い。真摯な彼は早々に江陵に帰還したいと思っているが、幾多に渡る益州と荊州の蜻蛉帰りに辛労を極め、諸葛軍師の好意に甘えて成都に滞在している状態。
 そんな彼の心情と身上を知悉している馬超は大きく伸びをし、確りと筆を持ち直した。

「お前はいつ江陵に帰るのだ?」
「そう遠くないうちに」

 今の此の状況は、とても詮無いことだった。
 互いに仕える主君が同じと言えど馬超は伺侯で、関平は其の逆。此の関係では家主の責務を果たす事も出来ないし、彼等は戦場で散る事を望む武官なのだ。
 其の方程式の答えは、二人の中にある明確な未来で…然し馬超の胸奥には、一つの願いがあった。

「…では尚の事早急に臨沮に行ける様、努力しよう」

 馬超が放った言葉が理解出来なかったらしく、関平は微笑して首を傾げる。

「西川から江陵まで往復で一月以上は掛かる。が、臨沮は西川に通ずる道、荊州の地だ」

 瞬間、関平の頭の中で情報と記憶の引き出しが片っ端から開けられた。時間にしたらほんの一瞬の出来事なのだが、関平には数十分の時間の様に感じられた。
 そんな関平に対して馬超は書面に走らす筆を止め、微笑んで一瞥をくれる。

「待っていろ、其れまで」

 そう照れ臭そうに言って馬超は再度、書簡に筆を走らせた。そんな馬超を関平は不思議そうに見つめていて…暫し場に、沈黙が訪れた。

「…嫌か?」

 返事がない事に不安を覚えたのか、馬超は面を上げず小さな声で問い掛ける。
 すると関平は慌てて首を横に振り、満面の笑顔でこう言った。

「お待ちしております、馬超殿…!」

 其の言葉を聞いて馬超は心の中で安堵の息を付き、関平は馬超の言葉を反芻し、噛み締める。

 共にいる事が出来ないのなら、少しでも近くに。

 其れは不遜か、滑稽か、女々しい事なのか。然し二人にとっては未来に対する前向きな姿勢。

“待っている人がいる”と言う幸福と“待つ”と言う幸福を与えた、細やかな願いだった。



















2009.8.4.終わり






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