やりたい(馬平)
「すまん、平。手伝って欲しい事があるのだが…」
と、馬超が関平を頼ってくる時は大概酒の相手をさせる時か、片付かない執務を手伝って貰う時だ。
今回は後者の方で、平素は鎧兜を身に付け、誠錦を頂く風貌と異彩を放つ馬超だが、今は衫を着込み、両手には幾つもの書簡を抱えている。
今現在、劉備は漢中を平定する策を諸葛亮や法正達と算段し、ではまず劉備と共に張飛と馬超を出立させようと言う話になり、正直、雑務に時間を割いている暇は馬超には無い。
そう言った身上があって、関平の手を借りに来たのだが…
「…平?」
関平からの返事が無い。
彼の生真面目さは周囲が賛嘆する程有名で、呼ばれて返事をしない、況してや馬超が関平の名を呼んで返事をしなかった事は一度も無かった。
可笑しい、と思って、馬超が歩み寄って関平の顔を覗き混んでみると、
「何だ…寝ているのか…」
其れは其れは気持ち良さそうに関平は寝ていた。
然も物書きでもしていたのか、手には筆を持ち、几に頭を突っ伏して寝ている。珍しい…が、彼の性格と生活を誰よりも知悉しているのは馬超だった。
此の関平と言う男、どんな激務でも漢の為、父の為と言って誠真摯に熟し、本来の仕事は此処には無いと言っても、自ら鍛練に参加し、出来うる執務を進んで請け負う。そうした日中を過ごすのだから夜は泥の様に…とはいかず、やれ酒の相手をしろ、同じ褥に伏そうと情人に誘われれば、断る事が出来ない従順な人間。睡眠不足で居眠りをしてしまっても仕方が無い。
其の要因に多少なりと自分が絡んでいると思うと面映ゆい気持ちに見舞われ、馬超は静かに書簡を几に置き、心ばかりの謝罪を込めて関平の頭を撫でる。
微動だにせず、すぅすぅと規則正しく寝息を立てる関平は、本当に幸せそうな寝顔をしていて、そんな姿を見ていると先程の面映ゆい気持ちも消え、穏やかな気持ちになるのが何とも不思議。
然し其れも刹那の事。
そんな心地好い気持ちに浸りながらも、馬超は胸奥がむずむずするのを感じた。
下心、とはまた違ったむず痒さで、然し其の衝動を止める事は出来なかった。
(こうー…こんなにも気持ち良さそうに目の前で寝ていられると…何だ、其の…やりたくなるではないか)
……と、意味のわからない事を心中で言いつつ、馬超は関平が持っている筆をそっと取り上げ、続けて関平の額当てを外す。
そして、にやり、と悪戯っぽく笑って、
「…執務をさぼった罰だ」
其れは人の性と言うもの。
腹を抱えて必死に笑いを堪える馬超がやった事。
其れは関平の額に“肉”と落書きをした、可愛らしい悪戯だった。
2009.9.2.終わり
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