お昼寝の時間(馬平)





 満たされた腹に鷹陽とした光は辛いものがあった。

 其れは夢現を何度も往復させ、腹に力を入れなければ、あっと言う間に夢の世界へと引き込まれてしまう程の心地好い光。
 本日、馬超と関平は午からは急く政務も特に無く、珍しく暇を頂き…然し急に頂いた暇に予定等皆無。
 はてさてどうしたものかと関平が考えていると、

「平、暇なら先日買った服を見てくれないか?」

 …と、馬超が関平を誘って、断る理由も無い関平は其れを快諾し、今は搨に腰掛け、馬超が着替えて出て来るのをぼんやりと待っていた。






――――――――



 白い鎧、白い袴、白粉を塗った様な白い肌。
 其れが彼の風貌。
 其の姿と荒々しい迄の武勇は、宿敵曹操に鬼神呂布を彷彿させ、同族からは畏敬を込めて神威天将軍、世外の人間は賛美と恐怖を込めて錦馬超と彼を呼ぶ。
 では彼がどの様な武骨者で筋骨隆々な武人なのかと言うと、実はそうでもない。
 錦馬超と謳われる名は、どちらかと言うと類い稀で絢爛な容姿から来る二つ名。其の存在感とは裏腹に全体的に淡く白い面、紅を差した様な唇、引き締まった峰腰は女性の嫋やかささえ感じる。瞳に宿る諦念、愁霜に染まってしまった彼の髪を見ると惻隠の心に包まれるが、然し美しいと感嘆の息を溢す拙者は、錦と言う名に艶麗を感じてしまっている。

「どうだ?平」

 他者から見れば奇異と映る容姿は、彼の血と過去が織り成すもの。何より彼の趣向でもある。
 ふわりと舞う様に現れた彼が纏うのは、紫の地に桃と金の絹糸で昇り龍が刺繍された派手な着物。然も態となのか、其れとも慌てて着衣したからか、衿元が崩れていて、其処から顔を覗かせる透き通る様な白い肌が淫靡で艶めかしい香気を放っている。
 超然とした風貌に艶やかな着物を纏う彼の姿を瞳に映すと、世外の人間ならば、ほぅと息を溢すのだろうが…

「よう、お似合いです」

 美しいものは、嫌いじゃない。
 賞翫する目も感性も、拙者にだってある。
 然しながら何故か彼の姿だけは直視する事が出来ず。不自然に彼から目を逸らし、賛美の言葉も歯切れが悪い。

「…惚れ直したか?」
「…!」

 ふっ、と耳に掛かる生暖かい吐息と、声を低くして臆面も無く放たれる甘く痺れる様な言葉に、拙者は思わず身体を縮めてしまう。…と言うか、いつの間に拙者の隣に添ったのだろうか。全く、油断も隙もない御仁だ。

「熱いな。熱でもあるんじゃないのか?」

 ぴたりと頬をくっ付けて、そう思ったら額と額をこつんと合わせて、拙者の体温を確かめる馬超殿。
 対して拙者は、恐らく林檎よりも真っ赤な顔をしているのだろう。直視する事の出来ない蠱惑的な彼の姿をこんなに近くで見て、血液が忙しなく全身に送られているのがわかる。

「ね、熱…、は、あるやも知れません」

 其れは疾うの昔から持っている熱だ。
 彼が槍を奮う姿を見て、艶やかな反物を纏う姿を見て…彼の髪、白い肌を見て重ねては高揚する熱。
 一体いつからこんなにも熱い熱を持ってしまったのか。然もこうも何度も高揚し、彼曰く惚れ直していたら心臓に悪い。
 拙者は、出来ればもっと穏やかな熱がいい。

「冷ますか、熱を」
「け、結構です!」

 秋波を流して含蓄のある言葉を拙者に浴びせて、拙者は其れを力の限り首を横に振ってお断りをする。然も声は裏返り、さっきよりも心臓が速く脈打って、熱くて熱くて堪らない。
 何とも情けない話だが、拙者はそう言う人間で、馬超殿はそんな拙者を揶揄するのが大好きと言う、傍迷惑な趣味を持っている。
 今だって、あたふたする拙者を見て呵々大笑い。
 一頻り笑った後、馬超殿は拙者の膝にぽすんと頭を預けて来た。

「ば、馬超殿?」
「子供はいいな。丁度良い体温をしている」

 …何を言うか。
 拙者と馬超殿は二つしか歳は違わないじゃないか。
 普段なら小言の一つでも言ってやるところだが、高揚する熱にほだされて、頭が上手く働かない。剰つ、馬超殿は拙者の手を取って、甲にちゅっと接吻けをし、其の手に頬擦りをし始めた。
 普段受け皿となる拙者だが、恋慕う相手にそんな事をされたら…むむむ、丹田にうんと力を入れなければ。

「ああ、心地好い…」

 終いには拙者の腹に面を埋めて、後はぴたりと動かなくなってしまった。
 彼の唇が触れた所が異様に熱く感じ、単衣越しに生暖かい吐息を感じて…此の状況、拙者にどうしろと。
 一人悶々と悩む拙者とは相反して、馬超殿の身体は規則正しく、揺るかに上下に動いている。
 もう寝てしまったのか。
 寝付きの早い御仁だ。
 そう呆れて溢す溜め息に、安堵の色が混じっているのも事実。
 何とも面映ゆい気持ちで拙者は頭を掻き、ふと馬超殿に視線を落としてみると、寝付きが早ければ寝返りを打つのも早い。
 先の妖艶で、況してや平素の眉を揚ぐ顔付きは、何処に行ってしまったのか。
 鋭くつり上がっいた柳眉と目尻は垂れ下がり、口は半開き。其のうち涎でも垂らしそうなくらいの間抜け面で、此れでは百年の恋も一気に冷めてしまう。

「…どっちが子供なんだ」

 でも、嫌いじゃない。
 華やかに、艶やかに舞いながら秋波を流して拙者を陶酔させたと思ったら、まるで子供の様な無邪気さを見せて眠る馬超殿。
 其の温度差が拙者にはとても刺激的で心地好いもの。
 然し今回は穏やか過ぎる。
 何故なら満たされた腹に鷹陽とした光と彼の間抜けで無邪気な寝顔は余りにも辛いものがあり、瞼がこの上なく重く、視界がどんどん霞んで行って…

 拙者の意識は夢路へと、赴き始めていたのだから。




















2009.6.5.終わり

7777打キリ番リクエストお礼文です。
はじめ様、キリ番&リクエストありがとうございました。





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