鳴かぬ蛍が身を焦がす(馬平)





「欲しいもの、ですか?」

 其れは良く晴れた五月の事、五月晴れ。入梅に入り新緑が茂る中、梅の実が成る季節の事。
 昨日迄じめじめしていた梅雨独特の湿気感がまるで嘘の様に無くなり、過ごしやすい日中となっていて。
 蜀の地は、暑い。
 然も雨が多く、酷い時は霧迄も発生し夏になれば其れは悪化する。肌にまとわり付く様な成都の暑さは故郷涼州や河北とは異なり、加えて雨天が続く限り鍛練も執務も全てが滞る。
 馬超と関平は此処数日ほとほと腐り果てていて、然し久し振りに拝める太陽の姿にじめじめした気分も吹っ飛び、関平は白兵戦の指導に力が入り、輔翼を頼まれた馬超は快く其れを引き受けた。
 其の時の事だ。
 何の脈絡も無く馬超が、何か欲しいものはないのかと関平に尋ねて来た。
 当然関平は何の事かわからず、疑問符を浮かべながら馬超を見つめ、対して馬超は態とらしく大きな溜め息を付いた。

「今日は目出度い日なのだろう?」

 そう馬超に言われて、ああ…と短い言葉を溢す関平。
 今日…基、旧暦五月十三日は今でこそ関帝廟聖誕祭として知られているが、実は其の従神の一人、関平の誕生日でもある。
 然し関平は其れを馬超に話した事は一度もない。祝福してくれるのは嬉しい事なのだが、今の様に気を遣わせても悪いし、大体関平は生まれた日をそう重要視していない。言い忘れていたと言うのが正しい表現で、当然欲するもの等何一つ無い。
 そう馬超に伝えると、馬超は眉を顰蹙させて関平を俾睨した。

「相も変わらず物欲の無い男だな、お前は」

 ふん、と鼻で笑う馬超。
 新参者の馬超が知らないのも、古くから彼と辛酸を舐め尽くした人間が知っているのも当然と言えば当然の事で。然し先刻、張飛と趙雲が細やかながら酒宴でも開こうかと話しているのを耳にした時だ。
 何故か馬超の心に言葉に出来ない寂しさが生まれた。
 疎外感、とでも言おうか。漠然的な孤独感に支配され、何故一言言ってくれなかったのかと、馬超は少し関平を疎ましく思った。
 関平にとってはそんなつもりも悪気も全く無いのだが、知ってしまったからにはそうはいかない。何かしてやりたいと思うのは自然に生まれる気持ちで、其れなのに斯様な事を言われると、何故自分はこいつの隣にいるのかがわからなくなってくる。
 更に悲しくなってくる。
 少々偏った独善的な気持ちではあるが、其れは其処に気持ちがあるからこそ生まれる感情。そんな感情に支配された馬超は、ならあれは、此れはどうだと言って食い下がろうとしない。
 其の鬱陶しいくらいの提示に流石の関平も折れたのか、一度う〜ん…と悩んで、

「馬超殿は今、幸せですか?」

 今度は馬超が思案する番である。
 幸福か、不幸か。
 旗印に牙を向け、敗北すれば一族全員惨殺されるのは乱世の常。親兄弟、妻子に…妾は何処ぞの男に嫁がされ、其の間に賜った子も殺された。例え自分が招いた結果とは言え、此れを不幸と言わずして何を不幸と言うのだろうか。打倒曹操と復讐心に身を焦がし、其れでは今はどうなのかと問われれば、実はそうでも無かったりする。
 血を吐く程嘆いたと言うのに…此れが大徳の力なのか。
 根底にこそ復讐と言う二文字はあるものの、以前よりも“笑う”様になった気がする。

「不幸、では無いな。満足はしている」

 結果、導き出された答えが此れである。
 何とも曖昧な答えではあるが、過去が不幸の連続だったからこそ今は不幸とは思わない。そう思うと、逆に過去の不幸があったからこそ今は満足と言う言葉が出て来るのかも知れない。
 何が満足か、思い当たる節は多々あるのだが、其の一つが此れであろう。

「…ならば、其れが最高の贈り物です」

 柔らかく笑って、そう言葉を溢す関平。
 珍しく色のある科白を言うのだなと馬超が視線を関平に向けると、関平は真っ赤に染まる面を隠す様に明後日の方向を向いてしまう。

(…しまった)

 一本取られた、と唇を噛む馬超の頬も薄紅色に染まっていて。
 得てして此の関係の主導権を握るのは馬超である。
 然しながらそんな言葉を聞くと、積極的に接する馬超より実は関平の方が愛情豊かで、馬超に恋焦がれている様な感じがする。
 其れを感じた瞬間、馬超の胸は静かに高鳴り、仕様も無い孤独感も、根底にある柵も淡く消え去っていって…其れは一つの満足感。

 一つの、幸福感。

「…お前は」

 照れ隠しなのか、馬超と関平は決して互いを見ようとはせず、唯々空を見つめていて、

「お前は、今年で幾つになった」
「そ、そうだな…」

 他愛のない会話はいつもと全く変わり無い。
 然し満たされる此の気持ちは、今日が特別な日だからだろうか。

 そんな事を思った、五月晴れの日の事であった。




















2009.5.14.終わり

4月5日〜5月13日までの拍手お礼文です。
沢山の拍手、ありがとうございました。





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