もやりえんぬ(馬平)





 ある日の昼下がり事。

 馬岱殿と一緒に馬超殿の房を掃除していたら、寝台の下から破廉恥な書物が沢山出てきた。寝台の下に隠すなんて従兄上は発想が子供ですね、と、馬岱殿は溜め息混じりに笑って書物を外に出していく。
 拙者は、人とは少しずれているとよく言われる。
 年頃の成人男性が持つ“欲”と言うものにとんと無頓着で、必要最低限でいいと思っているからだ。其れではどうやって子を遺すのだと父上に叱咤された事もあるのだが、だからこその必要最低限だった。其れに拙者は嫡子では無い。興が子を作ればいい。拙者は父上のお傍で武を磨き、微力ながら父上の力になれたら、其れでいいと思っている。故にこう言った書物には目を通した事が無く、興味本意で手に取ってみた。
 すると裸で男女がまぐわっている挿絵や、股を大きく開いて自慰行為をする女の挿絵が飛び込んで来て、拙者は書物を閉じる事も忘れ、呆然としてしまった。
 何と、破廉恥な。
 こんな絵を描く方も描く方だが、読む方も読む方だ。例えば、子を作る為や褥の相手として迎えられた養子が閨房の術を学ぶ為に読むのなら理解出来る。でも馬超殿は違う感じがする。名実共に優れ、且つ漢民族とは異なった風貌を持つ絢爛華やかな馬超殿がこんなものを読まなくとも、相手をしてくれる女は五万といるではないか。其れなのに斯様な書物を嗜んで欲を吐き出すとは…釈然としない。

「…おや?」

 座り込んで、要るものと要らないものを分けていた馬岱殿が、不意に振り返って声を掛けてきた。馬岱殿はくすりと笑って、

「もしかして、焼き餅、ですか?」
「ま、まさか!」

 間髪を入れず返事を返す拙者の面は、今どんな顔をしているのだろうか。きっと情けない顔をしているのだろう。其れを裏付ける様に、鬼の様な形相をしておられましたが…、と馬岱殿に言われ、まるで罪人になった様な気分になった。必死に平静を装ってはいるが、尋常で無い程胸が脈打ち、頭に血が昇り、剰つ目が泳いでいるのがわかる。

「関平殿も、従兄上と同じで、随時と天の邪鬼なお方だ」

 ……本当に。
 彼が何処でどんな女と寝ようと見向きもしないのに。
 其れは、望む望まないは別として、拙者は子を産めない身体で、家主である馬超殿にとって子を作る事は不埒な事では無く、仕事の一つだから。自分の中で知らずの内に処理出来る事だった。
 然し此れは違う。
 ただただ欲を吐き出す為のもの。男なのだから、そうしないと疼きが治まらないのだろうが、極端に言えば、其の…、拙者に吐き出してくれればいいのに、と、思う。
 睦事等必要最低限でいい、しなくとも繋がっていられるのならば、其れは究極。そんな事を言う拙者は随分と子供で、天の邪鬼。
 目の前にある紙っ切れの束に心が掻き乱される。

「…」

 とどのつまり、女に負けるのは当然で、然し情人である自分は他では勝っていると、根拠の無い定義を勝手に設けているのだ。だから釈然としないし、許せない。
 天の邪鬼なんて讚美である。
 拙者は卑しくて、女々しいだけの男なのだ。

「要らないものは此方ですよ、関平殿」

 そう言って、要るものと要らないものを分ける作業を再開する馬岱殿。
 其の言葉に躊躇う必要は何処にも無かった。何せ拙者は人とは少しずれているとよく言われ…
 読まないで下さい。
 其の一言も言えない人間のくせに、本人の許可も無く破廉恥書物を“要らないもの”に投げ捨てる事が出来る、嫉妬深い人間なのだから。




















2010.1.16.終わり





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