実感(苞興)
達成感と言うものは、直ぐに消えるものだ。
父の形見に付着した血液も、斬ったばかりは鮮やかな色をしていたと言うのに、まるで今の私の心の様に黒く淀んでいる。
あんなに躍起になっていたのに…何とも呆気ない。
此の虚無感、そしてじわじわと私の心に侵食する背筋が凍る様な此の感覚は、一体何だ?
「俺はお前が羨ましい」
そして一体いつまで待てば、俺は親父の仇が取れる?と、お前が私に聞く。
面は従容としているが、胸奥では泣涕しているのか。そんな事は想像するしか術はないのだが、周囲に誰もいないと思っていた私は、彼の登場に内心驚いた。
お陰様で私は気の利いた台詞が言えず…大体、こいつと私は日頃から険悪だ。今更相手を労る言葉等、言える訳が無い。
「知らん」
私はぶっきらぼうにそう言って、青龍刀に付着した血を拭おうと、近くにある河まで足を歩ます。すると背後から、可愛くねえ義弟だ、と、吐き捨てる様な言葉が聞こえた。
「ならやめるか?殿の夢に付き合うのは、もう疲れただろう」
背を向けて言い放った為、私はあいつが喜色を滲ませているのか、はたまた喫驚しているのか…全く分からなかった。
然し、肩の荷が下りたのでは無いかと思う。
私はひねくれ者で自尊心が高く、人の風下に付く事を酷く嫌う、何とも困った性格をしている。ようよう考えてみれば、私はとてもよく父上に似ていて、私の世話を預かった兄上もさぞかし難儀した事だろう。然も父上と違って頑是無く、変に自分を着飾り―――――父上、兄上。興は、興は…
「ばっかじゃね?」
背後から罵倒が聞こえた。
あいつからの其れは慣れている。だから私は足を前に出す事を止めなかった。
するとあいつは更に大きな声で、
「そんな事したら、お前、帰る家が無くなるじゃねーか!」
そう言って、地面を乱暴に蹴ってあいつが去って行く音が聞こえた。
馬鹿はどっちだ、馬鹿は。
何で地面を蹴り上げるだ。何でそんなに苛ついているんだ。何でお前は斯様にも馬鹿で粗暴で…
卑怯だ。
お前には…敵わない。
嗚呼、鼻の奥がつんと痛い。目の奥が酷く熱い。
気付けば涙が頬を伝い、ぽたりぽたりと父の形見に溢れ落ちる。
そうして涙で露になった刃が、きらきらと日の光を散らしていて…
私はとても、とても綺麗だと思った。
2009.9.15.終わり