俗に言う(馬平)





「明日は早朝から軍議が入っていますので、日出には起きて下さいね」

 そう従兄には散々忠告したと言うのに、眼前にいる従兄はすやすやと心地好さそうに寝息を立てている。然も幸せな夢でも見ているのか、寝言が全て桃色白書。肌寒い爽涼の風に時折身震いし、身体を折り曲げたり掛布を身体に巻き付けたりして其れを凌いでいる。愁霜に染まった髪が朝焼けの光をきらきらと散らしていて――――困った従兄だ。日出も半刻を過ぎ、此のままでは軍師殿の雷が落ちてしまう。無論、そんな恐ろしい事は是が非でも回避しようと色々と試みた。
 其れでも起きないのだ、此の従兄は。

「お早うございます、馬岱殿」

 深い溜め息を付いて、再度馬超を起こそうとした時の事、馬岱の耳に聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「此れは…関平殿、お早うございます」

 振り返って馬岱が声の主、関平に視線を移すと…平素は武官として蜀に貢献する関平だが、本日は軍議の為、衫を着込み、珮玉を下げ、一端の文官に見える。
 早朝だと言うのに面に滲み出る清潔感は彼の真っ直ぐで真摯な性格を現し、朝の爽やかな日差しに溶けてとても清々しい。恐らく江陵にいた時の彼は誰よりも早くに起き、執務鍛練に励み、よく養父を補佐していたのだろう。だからこそこんなにも気持ちの良い、爽やかな面をしているのだ。

「申し訳無い、従兄は…、此の通り」

 そんな関平の姿を見れば見る程、馬岱の心に忸怩の思いが募っていく。
 普段の行いが粗暴なのは此の際いいとして、例えば正義とは、個々其々の概念で変わるものだが、良くも悪くも人を惹き付ける魅力が必要不可欠、人の見本にならなくてはならない。
 其れなのに常正義を唱える当の本人は、未だ身体を丸めてすやすやと寝息を立てていて……此れが西涼の錦、神威天将軍の等身大の姿だと思うと情けない。色々と申し訳無い気持ちでいっぱいだ。
 此れ以上、斯様な羞恥を晒したく無い馬岱は、次こそは馬超を目覚めさせ様と拳を高く振り上げ――――関平はそんな馬岱の手を制し、代わって自分が馬超の身体を優しく揺する。

「馬超殿、起きて下さい」

 関平殿は従兄に甘過ぎる、と馬岱は思った。
 幾ら馬岱が銅鑼を耳元で叩き鳴らそうが顔に濡れた手拭いを掛けようが、馬超はうんともすんともしなかったのだ。武人として其れは如何なものか、と思うが、逆に其の性を利用して抜刀した刀を振り下ろしてやればいい。少々手荒だが、そうでもしなければ、此のふしだらな従兄は絶対に起きないだろ―――――…むくり。

「…え!?」

 其れは馬岱にとって信じられない、有り得ない光景で…何と其の一言で馬超は目を覚まし、起き上がったのだ。

「お早うございます、馬超殿」

 馬岱は其の光景に口をぱくぱくさせながら驚殺し、馬超は寝惚け眼で関平の面を見つめている。
 鳥の囀りだけが耳に優しく響く中、暫くして、馬超はかぶりを二、三度軽く振って、

「…、ああ、お早う…」

「はい、馬超殿。起き抜けに辛いでしょうが、出仕がありますので、ご支度を」

 普段の少し高い独特の声音では無く、寝起きの為、低い声で挨拶を返す馬超。関平は始終柔らかい笑みを湛えたまま、甲斐甲斐しく馬超の身支度を手伝い、馬岱は一人蚊帳の外。呆然と其の光景を見つめていて――――

 其れは無いです、従兄上。
 岱があれだけ一生懸命、力の限り起こしても起きなかったのに、関平殿の一言で起きてしまうなんて酷い話では無いですか。何なんですか、其れ。もしや此れが俗に言う、

 あいのぱわーってやつ?




















2009.5.25.終わり





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