甘いのが好き(趙陸)





 其れは其れは美味そうな梅の実が生る季節の事。
 空梅雨となった今年は梅の成長も早い。日本では黄熟寸前の梅実を採取して塩漬けにし、或いは乾燥させるのだが、此の国では違う。青梅では中毒を起こす為、熟しかけの梅実を採って手を加える。其の時に出る汁を梅汁、梅漿と言う。
 其の酸味を口一杯に含み、喉を潤わす。
 想像するだけでも涎が出そうなくらい美味そうだ。そう趙雲に伝えると、趙雲は苦笑いしながら、

「余り……、酸味が強いものは好きではないんだ」
「いい大人が好き嫌いなんて言っていいんですか」
「食べられない、と言う訳では無いんだ。出されたら食べるのだが……」

 淡々と執務を熟しながら言う趙雲を見て、彼は大人だなと陸遜は思った。
 自分は嫌いなものを出されたら絶対に食べない。死んだって食べない。相手方に失礼、とは思うが、嫌いだし食べられないのだから仕方が無い。無理して食べる方が身体に毒である。
 対して趙雲は、残すと言う行為が調理した者だけでは無く、食事を共にする者に対しても失礼だと言う事を知っている。嫌な思いをするのは一瞬だ。其の一瞬さえ我慢すれば、後は楽しい食事会である。――――其処に陸遜は目を付けた。

「おっとなー」
「…からかっているのか?」
「まさか」

 と、否定する陸遜だが、其の笑顔は何か要らぬ企みを思い付いた時の表情だ。

「出されたものは食べるんですよね?」

 ほら、来た。
 愈々持って伯言も孟起に似て来たな、と心中悪態を付く趙雲。昔は素直で良い子だったのに。付き合う人間で人は変わるとは、どうやら本当の様だ。

「少し私に時間を下さい。子龍殿に最高に美味しい梅を馳走しますから」
「いや、伯げ」
「嘘付いたら教育上良く無いですよー」

 にっこりと笑って退室する陸遜。
 教育上とか…そんな事を言う歳でもあるまいに。趙雲はふぅ…と一つ、溜め息を付いた。


 それから幾日経っただろうか。
 梅を馳走すると言ったまま其れ以降、陸遜は梅と言う単語すら口にしない。然も梅実の調理法でも教わっているのか、黄月英と星彩と一緒にいる姿をよく見掛ける。
 まるで嵐の前の静けさだ。
 春が終わり、夏や秋を通り越して、冬を乗せた車が確実に迫って来ている前触れだと趙雲は思った。

「しりゅーどーのっ」

 やって来た。
 我慢の時間、苦痛の時間、最悪の時間が、天真爛漫の笑顔と共にやって来た。
 腹をくくるしかないと、趙雲は一度大きく息を吸い込み、よしと心中気合いを入れ、陸遜を迎え入れる。
 陸遜は手に漆盤を携え、其処には銚子と二つの耳杯、そして良く浸けられた梅実が乗せられて――――真っ昼間から酒を呑ます気なのだろうか。

「約束通り、最高に美味しい梅をお持ちしました」

 執務の為、広げていた布や簡冊、墨や筆、小刀を適当に端っこに寄せ、陸遜は机上に漆盤を置いた。そして耳杯に梅を一粒入れ、銚子に入った飲料を注ぎ始める。
 梅酒、と言う奴か。確かに其のまま塩漬けされた梅を頬張るよりまろやかで、幾分も食しやすい。が、どうにも耳杯に注がれる飲料からは酒独特の芳香がしない。然も銚子の中からからんからんと音がする。其の音に導かれて、趙雲は耳杯をじっと見つめ…暫くするとぷかぷかと梅実が水面に浮かんで来た。
 其の様子は果実や野菜を搾って加工した飲料に、さくらんぼを乗せた飲み物の様だった。

「どうぞ」

 陸遜に勧められ、趙雲は再度、陸遜にわからない様に息を吸い、気合いを入れて其れを一口飲み――――ああ、酸っぱ……

「…!」

 ……くない。
 甘い、然も冷たい。
 其処で初めて、趙雲は飲料と銚子から発せられる音の正体に気付いた。
 何も梅は塩漬けや酒、酢にするだけでは無い。紫蘇を用いず塩抜きをして、代わりに砂糖漬けにするか、砂糖水を加えて一個一個しゃぶる食べ方がある。どうやら此の飲料は後者の様で、砂糖水を幾分にも飲みやすい様に仕上げ…何処で入手したのだろうか。特権階級の人間の贅沢である氷を銚子に入れ、砂糖水を冷やしていたのだ。

「酸っぱい物は駄目でも、甘い物は大丈夫でしょう?」

 砂糖漬けされた梅を一粒頬張って、微笑む陸遜。
つられて趙雲も同じ様に一粒、頬張った。
 多少の酸味があって甘過ぎず、其れでいて微かに塩の残味がする――――誰に作り方を教わったのか、誰から氷を分けて貰ったのか。そんな事を聞くのは無粋である。
 だって、こんなにも、

「……美味い…、最高に美味い梅実だな」

 少し口をすぼめて笑ってしまったのは、梅の実を頬張っているからか。
 其れでも屈託の無い笑顔を投げ掛けてくれる陸遜を見ると、やはり酸味が強い物よりも甘い物が好きだな、と。
 そう思う趙雲なのだった。




















2009.4.19.終わり





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