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 05-1



俺の前で“名前”が泣き顔を見せたのは、あの日が最後やった。













日に日に何かを忘れていくアタシの脳。もう身体を動かす事さえ嫌になってた。

一歩踏み出せばそこは別次元の様に知らない風景で、何をどうしたらいいのか分からない。例えば授業を受けて居る時、何でアタシは此処に居るのか、何で先生の話を聞いているのか、此処は何処なのか…何も分からなくなってた。


蔵の事だって絶対忘れないって思ったけど、病気に勝てる力なんて持ち合わせてなくて。「はじめまして」なんて言ってしまった事、記憶が過れば涙が出た。
ごめんね蔵、アタシがアタシでごめんなさい。蔵には伝えたい事がいっぱいあるの。「ごめんなさい」は勿論「有難う」も沢山沢山、言いたい事があります。



だからね、まだ記憶を覚えてる今、貴方に手紙を書きたいと思います。






(白石蔵ノ介様)

(手紙を書くのは初めてだね。
なんか照れ臭いな。だけど、不器用なアタシだから言葉にすることは出来ないと思って手紙に残します。)

(蔵がこれを読む頃、きっとアタシは何も分からない状態なんだろうと思う。)
(先に謝ります。ごめんね、忘れてしまって。)
(蔵はどんな気持ちでこれを読んでるのかな。出来ることなら穏やかな気持ちで居てほしい。)



「アハハ、何か遺書みたいで蔵がビックリするかな?」



(初めて蔵を見た時、なんて綺麗な人だろうと思った。蔵が声をかけてくれたことがきっかけで貴方を好きになったと思っていたけれど本当はアタシこそ一目惚れだったのかもしれない。)



「あの時ね、大袈裟に言えば蔵が王子様に見えたんだよ。幼稚だって言われそうで秘密にしてたけど、綺麗で格好良くて優しくて…本当にそう思ってた」



(蔵を好きになってからは毎日が夢のようだった。)
(笑顔を見るだけで元気になれて心が温かかったんだよ。ねぇ魔法みたいじゃない?)
(それからマネージャーになってから、皆は凄く頑張ってるのにアタシは見てるだけしか出来なくて、そんな自分が歯痒くてもどかしかった。)
(だけど蔵が『居てくれるだけで頑張れるんだ』って言ってくれたことで、アタシすっごく救われたんだ)



「何も出来ないアタシなんかでも必要としてくれる事が嬉しかった…」



(本当に蔵には感謝してる。)
(病気になってからだって、見放さないで支えてくれた。本当なら手に負えないって放っておくだろうに、大丈夫だよって毎日励ましてくれて。)
(蔵が居なかったら、きっと病名を聞いた瞬間からアタシの人生は終わってた。本当に有難う。この気持ちは伝えても伝えきれないくらい重々感じてる。)



「蔵に幸せな想い、いっぱい貰ったの。幸せ、本当に本当に、幸せだった」



(いつかアタシは早かれ遅かれ死んじゃうんだと思う。)
(蔵は怒るのかな…)
(だけど幸せだった。蔵を好きになって、蔵から愛されて。)
(悔いはないの。)
(ただ、蔵には幸せになってもらいたい。)
(逝ってしまったとしてもアタシは見守ってる。ずっと蔵を愛してるから。だから蔵は蔵の幸せを手に入れてね。)



「…アタシが居なくなったら、全部忘れてしまったら、蔵は自分の幸せをね、掴んで欲し……」



(追記。)
(全国大会優勝を見るまでは意地でも生きる!優勝しようね。)






「…全国大会行って、優勝して…新しいマネージャーの子と喜んで、蔵はその子と幸せに……」



幸せに、ならないで

本当は、本当は、嫌なの。蔵が別の誰かと付き合って結婚する未来なんて嫌だ…アタシが、蔵と結婚するのはアタシであって欲しかった。誰にも譲りたくなんかない。



「嫌だ…やだやだ……やだよ、忘れたくない、死にたくない!!蔵と一緒に居たいよ…!」



蔵を忘れるなんて嫌だ絶対嫌だ





だから


せめて


蔵はアタシの事忘れないで


あれから数週間が過ぎて、名前は部活は愚か学校にも来んようになった。
遂に何も、分からん身体になってしもたんや…



「こんにちは。名前、どんなですか?」

『白石君、いつも有難うね…』



学校来おへんなってから俺は毎日名前の家に通った。1日も欠かさずに。

俺が行く度に『有難う』って言ってくれる名前のお母さんも、名前の容態に比例してやつれていくのが眼に見えて…それも辛かった…



「名前」

『     』



部屋に入ると、名前は窓の外を眺めとった。



「今日はええ天気やな、外見てたん?」

『     』



俺が何を話かけようとも振り向きもせず口も開かへん。

ホンマに、何も分からんのやな…

俺の事も、学校の事も、会話する事さえ――…



「名前、今日はなぁ、金ちゃんが食べてたたこ焼きをオサムちゃんが没収や、なんて言い出して自分が食べてん。金ちゃんめっちゃ怒ってたんやで」

『      』

「財前は財前で俺の包帯が臭いとか言うてきたからな、とりあえずグラウンド走らせといた」

『      』

「謙也は彼女に振られたらしくてなぁ…落ち込んでしもて練習手つかへんのや。全国は明後日やいうのに心配やでな」

『      』



理解出来るはずなんてないのに毎日、その日の出来事を名前に伝える。

俺の暮らしを知っててほしくて。

名前の耳に届いてることをただ願うんや。

表情も変えへん。頷きもせえへん。せやけど、名前に伝わってるって信じてる……
もう駄々捏ねたりせえへんから、俺の話聞いたって?



「俺、絶対全国で勝つからな。優勝、名前にあげるわ」



そしたら、名前は笑ってくれるやろ?

3年間一緒に頑張ってきた証を証明したい。
せやから応援してや?



「ほな俺、今日は帰るで。ゆっくり休み」



名前のお母さんに頭を下げて家を後にした。





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