shalala... | ナノ


 


 04



翌日の月曜日、午前中は病院で遅刻すると知らされた俺は断られたにも関わらず迎えに行くの一点張りやった。

今日は親御さんの付き添いも無いって言うてたし、前の様に赤信号で飛び出す、そんな事があったら……そう思うと次から次へと善からぬ想像が膨らんで「気を付けてな」なんて口が避けても言えへんかった。





11時の予約やと聞いてた俺は10時に彼女の家へ行ってチャイムを押した。ソレを押すのは初デート以来で、あの時の躍如を思い出すとつい噴いてしまう。2日前の事やって言うのに1ヶ月も2ヶ月も昔の様に感じて…あの時はまだ何も知らんかったんやなぁって考えると、変な違和感が頭を襲った。

彼女の病状を知って守れる今が幸せなんか、
何も知らんまま笑ってるあの時が幸せなんか……
一概にどっちとは言えへんけど、ひとつ言える事は今もあの時も名前が好きっちゅうこと。

そんな心中、勢い良く玄関のドアが開いた。



「おはようさん」



偉く上機嫌な顔で迎えてくれた彼女に今日は“調子”が良いと見て取れる。

「ああ、善かった」そう思たのはほんの一瞬でしか無かったんや……



『おはよう、く…………、』

「――――………」



彼女は、俺の名前で声を詰まらせたから。



「名前……?」



俺の名前、忘れてしもたん?



『ご、ごめん、ボーッとしちゃって…』



ボーッとしたんやなくて、名前考えてたんやろ?



「体調悪いん?大丈夫なんか?」



気付かんフリ、しといた方がええの?



『大丈夫、だよ。平気。行こう…?』



彼女はまた眉を寄せて俯いた。

俺の事分かるんやんな?せやったら名前くらい、分からへん…?『蔵』って、呼んでくれてたやろ?俺は“白石蔵ノ介”やで…





  □





今日診察で言われたことは、
まず、病気の進行が意外と早いかもしれへんてこと。
あと、信頼出来る人と一緒に居ること。

俺を見た先生が『彼が居るなら大丈夫だね』って言うたけど…
その場は「任せて下さい」なんや偉そうな事言うたけど…

先生、俺は名前すら呼んで貰えないんです。先生の事は『先生』て言うのに、俺には『あのね』なんです。そんな俺が彼女の傍で彼女を支える事が出来ますか?俺で大丈夫なんですか?
俺には彼女が必要です。だけど彼女は本当に俺を必要と思ってくれてますか……?



「なぁ名前…」

『うん?』

「学校まで、道覚えてる?」

『うん!バッチリ』

「そ、か。」

『今日は結構調子良いみたい』

「ならええけど………」

『うん』



気遣いなのか本心なんか分からへんけど、名前が笑い掛けるもんやから俺もソレで返した。

でも無理矢理に造った笑いなんか直ぐ剥がれてしまいそうで、彼女の眼を塞ぐ様に腕の中へ収めた。


調子良いんはええ事やな、って

今日も1日頑張ろうな、って

言うてあげたいのに出て来おへんのや…
調子良いのに俺の名前は忘れてしまうん?それしか頭に浮かばれへん…口にしたらアカンのは分かってるけど、傷付けてしまうのも分かってるけど…

俺も弱い人間なんや



「名前、」

『は、はい!』

「……俺の名前、呼んでくれんねんな…」



その瞬間、彼女の肩が跳ねて呼吸を止めたのを感じた。
ごめんな…こんな言い方卑怯やんな?せやけど俺、名前に名前呼んで貰いたい。お願いや、思い出して…?

“白石蔵ノ介”

小さく小さく呟いた。



『、蔵………』



やっと聞こえた声に、嬉しくて
やっと聞こえた声に、切なくて。



「……っ、なんてな。忘れてるわけなんか、ないよな…?」

『――――っ、』

「なんか俺…名前に名前呼んでもらえんの、寂しかってん…」



寂しくて
憂愁で
孤独感に襲われて



『蔵、ごめん……ごめ、なさ…』

「何で謝るん?謝ることなんか何もないやん…」

『…ごめっ……蔵…蔵、』

「阿呆やな、謝ってる意味分からんわ……」



やっと“忘却”の意味を理解した。

それは“名前”を失うこと。

腕の中で啜り泣く名前を強く強く抱き締めて、何度も『ごめんなさい』を聞いた。俺は謝って欲しい訳ちゃう、“白石蔵ノ介”を忘れんで欲しいだけ。




漸く落ち着いて学校へ着いた頃には正午を回っていた。後2限しか残って無かったけど、俺には部活があるし名前も部活に行きたい言うたから…



「俺、部室寄ってくから先教室行っといて欲しいねんけど…」

『じゃあアタシも、』

「ええよ。直ぐ行くし、この時間やったら皆集まってご飯食べてるわ…せやから早く顔見せたって?」

『…うん分かった』



適当な言葉を並べて名前と別れ後、部室のドアを開けると途端目蓋が熱くなる。口唇は上下に揺れて眉間には深いシワが出来た。



ドンッ!!!



「なんでアイツやねん!!」



あんな病気やなかったら、今頃俺等は“普通”の生活を送ってた。



「名前が何したって言うんや…毎日、精一杯頑張ってただけやん、何でアイツが病気なんかならなアカンねん……」



泣かせたのは俺やのに認めたくない。



「俺の事、忘れてしまうやなんて、そんなん嫌や!ずっとアイツが好きやって…やっと、名前の事幸せにしたる、って、思たのに―…なんでや……嫌や、嫌や…名前……忘れんで……」



お願いやから俺の事忘れんで

ずっとこれからも好きやって言うてや――



昨日までの俺は分かったフリだけをして甘えた。もし俺ん事忘れても傍に居ったらそれで幸せ、そんな簡単なもんやない。
今まで作り上げて来た想い出は何処へ行く?俺が好きやって言うた名前も、名前を好きやって言うた俺も忘れて名前は何を思うん?

俺を見て『誰ですか?』って言うん…?

俺はそれに何て答えたらええんや…名前が好きって言うて厭な顔せえへん…?
嫌や、嫌や、嫌や。



壁を殴って痛む手より心臓の方が痛かった。
神様、俺から彼女を奪わないで下さい。他には何を失ってもいいから彼女だけは、彼女だけは俺に下さい…





prevnext



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -