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 02-2



『今日もお疲れさん』

「アタシは別に、蔵の方が疲れたでしょ?練習お疲れ様」

『おおきに。せやけど俺疲れてへんよ』

「本当に?今日も一段とハードだったのに、」

『…、明日名前と会える思たらしんどいとか何も思わへんかって』

「―――――……」



嗚呼、本当にこの人は…

アタシをどこまで喜ばせてくれるんだろうか。



『ほな、明日な?遅刻は許さへんよ』

「うん。11時だよね」

『迎え行くから』

「じゃあ明日、おやすみ」

『おやすみ』



別れを告げて玄関に手をかけようとしたその時。



『名前!』

「え?」

『あ…いや、気のせい、かもしれへんけど……』

「……?」



アタシを呼び止めた蔵は、言葉を詰まらせちゃって。



「蔵?」

『今日、元気なさそうに見えてん…何かあったんかなって、』

「蔵…」

『いや、別に何も無いならええねんけど!ただ、何かあったら…俺に言うてよ……?』

「……………」

『何も出来へんけど、話くらいは聞いてやれるし…名前の力になってやりたいねん…』

「――!」



参ったなぁ……

アタシの微妙な変化に気付いてくれたんだ。
蔵は、本当にアタシを見てくれてる。それだけで、アタシは満たされるよ…



「、有難う。でも大丈夫」

『ホンマに?』

「うん、ちょっと寝不足だっただけ」

『せやったんか…なら今日はゆっくり寝るんやで?』

「うん!」

『今度こそ、明日な』

「うん、また明日」



その一言で、アタシの不安要素は吹っ飛んで。

帰って行く彼の後ろ姿を、心底愛しいと思ったの。




  □ □ □




「ふぁぁ……」



ピピピピ、と鳴りだす目覚ましを止めた午前9時。

本当に疲れたのか、昨夜は床に就くなり爆睡だった。



「さ、支度しなきゃ」



今日も、蔵に会える。
学校じゃなくて、部活じゃなくて、プライベートで。

そう思うだけで心は跳ねちゃって。
普段より倍時間をかけて身仕度をした。



「よし、上出来!」



何度も何度も鏡の前でチェックするアタシは、自分でも笑えてきて、馬鹿だなーって。
だけど初めてのデート、やっぱり可愛いって思われたいんだもん。



「後は蔵が来るのを待つだけ―――…」



待つ、だけ……?

蔵は何時に来るんだった?
11時…違う、10時?

時計は既に10時なんてとっくに過ぎてる。
9時だった、かもしれない。

そもそも蔵は迎えに来てくれるんだった?
待ち合わせをしてて、いつまでも来ないアタシに愛想をつかせたんじゃ………



「嫌だ…どうしよう…」



曖昧になった記憶を必死に思い出す。


………駄目、思い出せない。


蔵との約束忘れちゃうなんて最低だ。



――ピンポーン



「!!」



自分に嫌気がさして涙が溢れたその瞬間、インターホンが鳴って。

蔵!?

瞬時に玄関まで走った。



「蔵――!?」

『おはよ名前。支度出来てるみたいやな』



そこにはいつも通りニコニコした蔵。

蔵だ。

蔵だ、蔵だ。



「……………」

『名前?』

「来ない、かと思った…」

『……………』

「もう、来ないんじゃないかって…」

『……阿呆やな、そんなことあるやけないやろ?』



蔵が来てくれた。
その安心感は生涯感じたこともないくらい。



「良かっ、た……」

『…………』



蔵はきっとそんなアタシをおかしいと思ってる。
だけどそんなことに触れもせずアタシの手を握って、ほな行こか、っと優しく言ってくれた。

「蔵、早くー!」

『そない急がんでも昼飯は逃げへんでー?』



蔵が来てくれた、それだけで嬉しくなったアタシは馬鹿みたいにはしゃいでて。

初めて外で一緒に食事出来ることに浮かれて早足だった。



「いいから早く!」

『めっちゃ張り切ってんなー』

「嬉しいんだもん!」

『!!………阿呆、』

「へへっ!―――あ、」



大きな交差点にさしかかった時、信号がちょうど良くって、更に急いだ。



「蔵、信号変わっちゃうよ!」

『名前!?ちょ、待て―――』

「!?」



パパーーーー!!!



横断歩道に足を踏み入れた瞬間、耳が痛くなるほど大きな音で街中に響くクラクション。

な、何が…起こったの……?



「……………」

『――っの、阿呆!!』



気付いた時は蔵に引き寄せられて歩道に居た。

どうして、車が突っ込んできたの――?



『何しとんねん!幾ら急いでる言うても危ないやろ!!』

「え?だって信号は…」

『赤で突っ込む奴があるか!自殺行為もいいとこやねん!』

「、だよ…?赤だから、渡って――…」

『……は?』



信号は赤。
赤は渡る色でしょう?
……違う、の?

大声で怒鳴る蔵は呆然としていた。



『名前…お前どないしたん…?』

「――――…」



アタシは、やっぱりおかしいのかもしれない。




  □




「……蔵…」

『、ん?』

「アタシ、やっぱり嫌だ、よ…」

『せやけどな、念の為や……きっと何も無かってんなって、笑い話になるて』



アタシが信号を赤で渡ったことで、蔵は病院に向かうと聞かなかった。

大丈夫だって言っても、駄目やの一点張りで。

アタシは、病院なんて……



「でも、蔵っ、」

『お待たせしました、中へどうぞ』

「…っ、……」

『大丈夫やって。俺が一緒やん…?』

「…………」



診察室に入るなり、蔵はさっきのことを説明して。
先生は少し間をおいて一呼吸をすると、検査してみましょうかっと言った。

嫌だ、嫌だ。
検査だなんて、何、するの…?

アタシが俯いてると、大丈夫、と宥めるように蔵はアタシの肩に手を置いた。






検査を終えて、結果を待つ間、アタシ達は無言で。お互い口を開こうとはしなかった。

この時、蔵は何を考えていたんだろうか。



『お待たせしました、どうぞ』



10分程待合室で座ってると早くも結果が出たようで、再度診察室へ呼ばれる。



『――うん。一通り検査結果が出ました』

『先生!名前は大丈夫やんな!?何も無い―…』

『、落ち着いて聞いて下さいね?』



目を合わせてくれない先生を見て嫌な予感がした。
何か引っ掛かる検査があったんだ。

きっと蔵も分かってる。

ゴクン、と息を飲むと先生は告げた。




“若年アルツハイマーです”



アタシの耳には確かにそう聞こえた。





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