新宿茶会


僕の声が僕の内から響いている。

「君が思うよりずっと、僕は正気だと思うよ」

真正面に座る名前は、僕を無表情に眺めた。

「とてもそうは見えないけど」
と、名前は頬杖をついてない方の手で、テーブルの上、僕の手元に広がった赤ワインの染みを指し示した。
紅点。
僕の意識に、突如として現れた中国人がそれだけ言って去ってゆく。

「私なんかを好きなんて、酔ってたって言わないで」

名前が座り直した拍子に、生白い腕の腹があらわになる。
中国映画で、処女を見分けるために、辰砂で腕に赤い印を残す場面があったのを思い出した。
純潔を失えば紅点は消える。
「なぜ?」の一言を言うために、僕はワイングラスを空にした。

「赤司君のこと大事に思ってるから。私なんかが邪魔していい人じゃないから」
「君がいて邪魔なんて思ったこともない」

それでも名前は無表情に首を振った。

「赤司君にもいつか分かるときが来るよ。私は厄介者だよ」
「好きな人がいるの?」
「いないよ」
「僕は君に彼氏がいるものだと思ってた」
「いない」

思えば、名前が僕を見るときはいつも無表情だ。
名前が表情豊かなのは、僕の目を見てないときだ。

「僕は振られているんだよね?」
「たぶんね」
「君はずるいよ、本当に」

知ってると言って、名前は席を立った。
空っぽの椅子の向こうに、新宿の夜景が広がっているのに、僕は初めて気が付いた。
その分厚いガラスに僕が映り込んでいる。
紅点。



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