ミテラが調査兵団に入団してから、1週間は大騒ぎだった。


食堂でひそひそと噂する者たち。
わざわざ絡みにくる血の気の多い者たち。
中には部屋に忍び込もうとする悪質な輩もいた。

思えば、それら全てリヴァイにも覚えのあるものだった。

ミテラと同じく、正規の手順を踏まずに入団したリヴァイも、似たような過程を通った。
2週間もすればだんだんと馴染んでくる、という点においても同じだ。

リヴァイは実力行使で、ミテラは持ち前の柔らかな雰囲気で、という違いこそあったが。



――いや、違うな。

リヴァイはふと夕飯を口に運ぶ手を止め、顔を上げた。
リヴァイの真正面で、ハンジが自分の嫌いな野菜をミテラに押しつけようとしている。ミテラは「きのうも食べたじゃないですか」と笑った。

ミテラは、この2週間で、格段に明るくなった。
出会ったときから、年齢不相応にあどけないのは変わりないが、格段に笑うようになった。


「ハンジよ。お前……自分がいくつだと思っているんだ。まるで友達同士じゃねーか」

リヴァイが口をはさむと、ミテラはぱっと顔を輝かせた。
何がそこまで嬉しいのか分からないが、ミテラはリヴァイが話しかけるといつもそうだ。


「永遠の17歳だよ。ね、ミテラ?」
「ええ、っと……」
「冗談は顔だけにしておけ。ミテラが困ってるだろうが」

ハンジがぶーぶーと不平を言うと、ミテラはぷっと吹き出した。


エルヴィンの提案が案外功を奏した、というべきか。
変人と名高いハンジにミテラの面倒を見させるなんて、余計に問題が発生するだけだと思っていたが。

異質なもの同士、馬が合うのかもしれない。


リヴァイが2人のかけ合いを聞きつつ、スープを飲み干すと、ミテラと視線が合った。
ミテラは、少し迷うような目つきをしてから、意を決したように口を開いた。


「あの、兵長さん、このあとってお時間ありますか。あったら、部屋に来ていただきたいのですが」
「……構わないが」
「お? お? なにかな、邪魔しちゃいけないムードかい?」

リヴァイはヒューヒューと囃し立てるハンジにナイフを投げた。
そもそも、その部屋はハンジの部屋でもある。

「兵長さんに見てもらいたいものがあるんです」
「……何だそれは」
ミテラは黙って微笑むばかりだ。

「いやーなんだろうね。楽しみだなー」

訳知り顔のハンジは、にやにやと笑った。



通常では考えられないことだが、リヴァイの女子寮への出入りは、ほとんど自由になっている。

それはリヴァイの、ストイックで潔癖性な性格によるものも大きいが、一番はハンジのせいだ。
何かと問題の多いハンジの世話。そんな無理難題を引き受ける猛者は、リヴァイのほかにいない。

また、リヴァイに扉をノックされることを密かに願っている女子がいるとかいないとか。


廊下を歩きながら、よく通る声でミテラにそう説明するハンジに、リヴァイは顔をしかめた。

「兵長さんって人気あるんですか」
「あるある。うちの女ってみんな並みの男より強いから、求める基準が高くなるんだよね。やっぱり、自分より弱いやつは嫌だろ?」

「そうですか」とミテラはぼんやりとした表情で言う。
腑に落ちてこないはずだ、とリヴァイは改めてその体を眺めて、納得した。

筋肉もなければ胸もない。身長もリヴァイより低く、全体的にうすっぺらい。肩口にそろえた髪や肌、目の色素でさえ、うすい。
路上で会ったときよりは健康的になってきたものの、他の女性兵士と比べると、体格の違いは一目瞭然だ。

ミテラは消えそうになったロウソクを、片手で囲むようにした。ほのかな光がミテラの輪郭をなぞるように照らした。
針金細工のようだ、とリヴァイはぼんやり思いながら、2人に続いてその部屋に入った。


入ってすぐ、ベッドの上に横に細長い板が置いてあった。
そこに絵らしきものがあると気付くまで、数秒を要した。

「今日、完成したんです。兵長さんに最初に見てもらいたくて」

板の横幅いっぱい使って、描かれていたのは机。見たような制服を着た男たちが12人、その前に座っている。正面を向いている者もいれば、立ち上がっている者、机に足を乗せている者もいた。

リヴァイは、この前の会議の様子だとすぐに分かった。

しかし、どうしてか中心は空席だ。
リンゴが一つ転がっているのみで、背景の、石造りの壁がある。他の部分がしっかり描き込まれているからか、中央にぽっかり穴があいているようだった。

「これ、団長に頼まれたんです」
「エルヴィンに?」

どういうことだ、とリヴァイは思った。
エルヴィンに絵を鑑賞する趣味があるなんて、初耳だ。
振り向くと、ミテラはリヴァイをじっと見つめた。

「団長の部屋に飾る、大きい絵がほしいと言われて。どうですか?」
「どう、と言われても、俺は芸術のことは疎い」

ミテラの顔が心配そうなものに変わる。
最初に見せたかった、とミテラが言ったのを思い出しながら、リヴァイは口を開いた。

「だが、悪くない」

その瞬間、その表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます」と頬を赤らめるミテラを見ていると、くすぶっていた違和感はもうどうでもよくなってしまった。

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