会議のあと、兵長さんは1人の女の人を紹介してくれました。
「ハンジ・ゾエです。よろしく」
それだけ言って、わたしに手を差し出したその人は、とても賢そうな人でした。
「初めまして、ミテラ・ディアマンテです。よろしくお願いします」
兵長さんいわく、わたしはハンジさんと同室で生活することになるそうです。
女子寮に個人部屋がないわけではないけれど、兵団に慣れるまでは誰かと一緒の方がいい、との配慮なんだとか。
ありがたい話です。
「が、こいつの部屋はあまりに汚いからな。お前の初任務は生活環境を確保することだ」
「えー。ちょっとそれどういう意味よ、リヴァーイ」
兵長さんも冗談なんて言うんだな、なんて思っていられたのは、実際にその部屋を目の当たりにするまででした。
まず扉が開かなかったのです。
慌てて兵長さんを呼んできて、どうにかこじ開けて分かった、その理由は扉の開閉部に置かれたベッド。
「おっかしーなー、この前までフツーに開けられたんだけどな〜」
「おい。話をするときは人の目を見てしやがれ」
どうやって運び入れたのか分からないくらい大きな本棚に、追いやられるように、ベッドは置かれていました。
壁はその本棚のせいで見えません。
机は、その本棚の隙間にちょこんとあって、書類がうず高く積み上がっています。
部屋の隅には……よく分からない廃材がごちゃごちゃっと片付けられていました。
「……物ってこんなに増やせるんだ」
「いや〜お恥ずかしいことに、捨てられない性分でね。おかげで大事な書類から失くしちゃうんだよ」
「自慢げに言うことか? ああ?」
ハンジさんは「いつもごめんねー」と兵長さんに言いました。
「……ったく、自覚してんならテメェでなんとかする努力をしろ」
わたしのときもそうだったけれど、やっぱり兵長さんは面倒見が良い人のようです。
「えっと、わたしはどこで寝ればいいのでしょうか」
さっきから思っていたけれど、この部屋にはベッドが一つしかありません。
けれど、ハンジさんはその一つを指差して言いました。
「ミテラちゃんはそこね。私は机で十分だから」
「でも、それだとハンジさんに悪いです」
「構うこたねぇ。こいつは根っからの研究者気質だからな」
つい昨日まで、この部屋にベッドは場所を取るからという理由で置いていなかった、とハンジさんは言いました。
そもそも睡眠はあまり必要性を感じない、とも。
びっくり、しました。
今まで、色々な宿に泊まったけれど、
どの宿に行っても、ベッドにゆっくりと寝たくてたまらなかったわたしとは大違いです。
「じゃあ、わたしが頑張ってお掃除しますね」
「そうだな、そうしてくれると助かるんだが……」
「うんうん。まーそんな感じだけど、これからよろしく頼むよ」
ハンジさんは人なつっこそうな笑みを浮かべ、兵長さんは苦い顔をしました。
その途端、ふと実感が湧きました。
わたしは、ついに調査兵団に入ったのだ、と。
そのあと、掃除に取りかかろうとしたところで、団長の部屋に呼ばれました。
部屋までわたしを案内してくれた男の人に、なぜか匂いを嗅がれたのですが、気にしない方が良いのでしょうか。
到着してすぐお風呂に入れてもらえたので、おそらくにおってないはずなのですが。
そんなことを団長に聞くのもどうかな、と思って黙っていると、
「ミケのことなら気にしないでやってくれ。匂いフェチなんだ」
と団長はふっと笑いました。
全部お見通しだったようです。
「それより、さっきの会議はどうだった。ぜひ感想を教えてほしい」
団長はとても身長が高いので、椅子に座ってやっと、ちびなわたしと視線が合います。
何かを見定めるような目つき。
ごまかしはきっと通用しない、と思いました。
「なんて言えばいいか分かりませんが、この、物乞い同然のわたしが、調査兵団に『存在する』こと自体にメリットがあると思いました」
「ほう? どうして」
団長の目の奥は、深く、吸い込まれそうなほどで、わたしは直視するだけで精一杯でした。
「エルヴィンさんには、とても感謝しています。家族の生活費と、絵を描ける居場所を下さって、恩義を感じています。でも、本当なら、絵を描くことしか出来ないわたしにこんな待遇は不相応です」
わたしがいることで得られるもの。
功績。
立ち位置。
発言力。
どれをとっても違う気がするのです。
「それがなにか、具体的には分からない、です。わたしには不確定要素が多すぎるので」
そこで言葉を切ると、団長は少し間をおいて口を開きました。
「これは、予想外だな」
「え?」
「失礼なようだが、君がそこまで理解しているとは思ってなかった。だが、これなら話が早い。
−−君に、一つ頼みがあるんだ」