この地図を描いたのは誰だ、と最初に言い出したのはハンジだった。

リヴァイもたまの休日だったため、少なからず浮かれていたのもしれない。
何のためらいもなく、むしろ自慢げに、その地図を見せてしまった。


それがいつの間にか、三兵団の中枢部が集まった一室の円卓にあった。

「この地図には壁外調査するにあたり計り知れない戦略的価値がある」

ハンジは、数枚しか残っていないという壁外の地図と、ミテラが描いたばかりの地図とをテーブルに並べる。
まるで模写したような正確さで、その2枚は存在していた。

「私が説明するまでもなく、今や壁外となったこの場所の地図は、憲兵団の管理下でレンタル料までつけて厳重に保管されている。
街々を流浪する旅芸人には絶対に目にする機会はない代物だ。
したがって、この作者の言う通り、稼業で行った街の様子を記憶に従って描いたというのは辻褄が合う」

ハンジが手元の資料を朗朗と読み上げると、円卓に座る一人の男が声を上げた。

「しかし、壁外調査は何度も同じ場所を行くわけではない。一度見てどれだけ記録出来るか、が求められるはずだ。
彼女にそれがどこまで出来るかは未知数。
もしかしたら彼女はそこに何度も訪れていたのかもしれない」

しかしともしが交差する一室の前で、リヴァイとミテラは立っていた。
部屋に入る機会をうかがっていた。

「もし、彼女が本当に記憶に従って描けるなら、壁外調査の安全性と正確性が向上するだろうが」

エルヴィンの声がひときわ大きく響くと、ミテラはうつむいた。
その手元には、インクの乾ききっていない地図と、露店で売っているような普通の地図が二枚握られている。

ミテラは、馬車での道程をエルヴィンの指示によって描き上げたばかりだった。


「確固たる証拠ならここにある!」

リヴァイはその声を合図に、固く閉ざされた扉を開け放った。

円卓を囲む上層部の兵士たちの視線が一斉に集中する。
その中をミテラはおずおずと進み出て、最も出口に近いところにいたエルヴィンの横で立ち止まった。

「彼女、ミテラ・ディアマンテは私たちの目の前で、私たちと通って来た道のりを描いてみせた。ミテラの能力は本物だ」

ミテラは促されるままに2枚の地図を大きく掲げてみせた。

どうやら絵の具で薄汚れたミテラの風貌が、話の信憑性を高めたらしい。
今まで「また始まったよ」と半信半疑だった連中の顔つきが変わったのをリヴァイは感じ取った。

「……彼女の能力に有用性があることは分かった。しかし、エルヴィン調査兵団長。彼女の配属はどうするおつもりか。彼女の年齢では104期の入隊が妥当だが、彼らはもう卒業する時期に差し掛かっているだろう」

「そのことだが、ミテラは訓練兵団には入団せず、直接、調査兵団に配属させることを考えている。


そして、壁外地理構築班を新設し、同時に彼女にはその班長を務めてもらうつもりだ」



エルヴィンが言葉を切った瞬間、一同は騒然となった。
リヴァイでさえ、その判断には困惑していた。

訓練無しで17歳の一般人の少女がリヴァイと同じ立場に立つ。
全く前例がない、どころか理に適っているとすら思えない。

リヴァイが思わず目をやると、渦中の人物は特に狼狽した様子もなく、周囲の様子をただ静観していた。
大の大人が大騒ぎしているこの状況で。無知だから、で済む話だろうか。


−−ただ絵を褒めてくれただけで、

そう言ったミテラの顔を思い出して、リヴァイは薄ら寒い心地がした。


「彼女の能力があれば、壁外の地理を把握し、より迅速な隊形移動が望める。いつ何時、あの超大型巨人に襲撃されるか分からない今、彼女を新兵から教育している時間は、我々にはない」

異存がある者は、というエルヴィンの太い声に反駁する人間は現れなかった。
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