わたしの名前は役立たずです。
兄さんやほかの団員たちのように、くるくる回ったり、みんなを笑わせることができません。
「だけど、絵をかくのは好きなんです」
胸をはったわたしを、父さんはぶちました。絵の具の入ったパレットをひっくり返しました。描きかけの絵たちがそこら中に飛んで行きました。
わたしがそれをかき集めようとすると、父さんは更に機嫌を悪くしたのか、わたしの髪を引っつかんで言いました。
「こっちは明日の飯代にも困ってんのに、お前は優雅にお絵描きか。ろくに稼ぎもしねえで、無駄なカネ使ってんじゃねぇよ」
「……無駄じゃ、ない」
からっぽの胃にかたい感触がのめり込むのを感じながら、地面にはいつくばりました。
顔のそばに転がっていた筆を手の中におさめると、ほんのりと温もりが残っていました。
また折れてしまったときには、三日分のご飯と引き換えに、雑貨商のおじさんから買い直さなきゃいけなくなります。本当に良かった。
「役立たずの分際で口答えすんじゃねぇ! 無駄じゃねぇっつーなら、そのお前の絵で稼ぐまで戻ってくんな、ろくでなし!」
テントのかげに立っていた兄さんと目が合いました。
なんともいえない顔をしたので、わたしが笑ってみせると、兄さんは何も言わずに背を向けました。
二人が何やら話し合いながらテントに入るのを見届けて、わたしは、絵の具だらけのワンピースからほこりをはらって立ち上がりました。
べつに、悲しくなんかないのです。
筆は無事で、わたしの左手は動くのですから。
これ以上何を望みましょう?
「この地図……テメェが描いたのか」
そのときでした。
騒ぎを聞きつけたのか、兵隊さんが表の大通りからやってきたのは。
その人はわたしとあまり変わらないくらいの背丈だったけれど、父さんなんかとは比べものにならないくらい恐ろしく見えました。
立ちすくむわたしを見て、兵隊さんは舌打ちをしながら、わたしの絵をわたしに突きつけました。
さっき父さんのせいで辺りに散らばったのを拾ってくれたのでしょう、小さくお礼を言うと、「そうじゃない」と言いました。
「この地図はお前が描いたのか、と質問しているんだ」
こくりと頷くと、兵隊さんは「何かを写したのか」ともう一度聞きました。
「違います。壁が壊れる前に行ったことがあって、それで、描きました」
「……記憶を頼りに描いたっつーのか」
兵隊さんが信じられないような顔をしたので、不思議に思いました。
それ以外に方法があるならわたしが知りたいぐらいです。
「それがどうかしましたか?」
「いや……これは良く描けている。信じらんねぇくらいにな。いくらだ?」
今度はわたしが驚く番でした。
良く描けている、なんて言われたことが今まであったでしょうか。
わたしはきっと、間抜けな顔をしていたのでしょう。
筆一本と同じ値段を告げると、兵隊さんはほんの少し口角を上げました。
「釣りは要らねぇから、他のも全部もらえるか」
差し出された小さな麻の袋は嘘みたいな重さで、当然ながら今まで見たこともないようなお金が入っていました。
名前だけでも聞いておこう、そう思ったときには、兵隊さんの姿も散乱していた絵たちも、もうどこにもありませんでした。
それがわたしと兵長さんの出会いでした。