人類は生産者と兵士だけではない、ということをリヴァイは久しぶりに思い出した。
旅芸人。
十数名の団員とわずかな動物を引き連れて、各地を巡り、生活費のためなら多少えげつないことでも躊躇なく行う、痩身の人々。
リヴァイとエルヴィンの目の前にいる彼らも例にもれずそうだった。


「何を仰いますやら。ウチの『穀つぶし』が人類のお役に立てるってんなら、願ってもねえことですよ、へっへっへ」

旅芸人一座の頭とその妻は、そろって自らの手をもみながら、エルヴィンに上目遣いをした。エルヴィンの左手には金貨の詰まった小袋があった。

−−汚ねえ。

リヴァイはエルヴィンの傍らを離れ、道端で絵を描いている少女に向かった。少女の白いワンピースは、ところどころ絵の具がついていた。

「兵隊さん、なあに?」

少女は視線に気付くと、筆を置き、リヴァイにぶんぶんと手を振った。リヴァイは思わず舌打ちした。

「ミテラ。お前の話だ。ちゃんと聞け」

少女はリヴァイの頭のうしろを指差した。大人たちの声と、金属が触れ合う露骨な音がやけにはっきりと聞こえた。

「それでは、ほんの気持ちですが」
「えっ! そんな大金、もらえねぇっすよ!」
「いえ、これからお嬢様が晒されるだろう危険と比べれば、微々たるもので申し訳ないのですが……こちらの感謝の気持ちですので、どうぞお受け取り下さい」
「……そうですかい。そこまで言うなら、ありがたく……いやね、壁ん中が狭くなってから、公演して回れるとこがめっきり減っちまって。芸なんてしょっちゅう見るもんじゃないのに、すぐ同じ街に帰ってきちまうんでね、食うのにも困ってるんですよ」

リヴァイが振り向くと、エルヴィンがあごで馬車を指し示した。

「……チッ」
「兵隊さん、なにか怒ってますか?」
「怒ってねえ」
「顔がこわいです」
「生まれたときからだ。それより、馬車に乗るぞ」
「馬車!? わたし、初めてです!」

ミテラの屈託のない笑みを前にして、リヴァイはぐっと押し黙った。

――こんなガキを利用しなきゃ勝てねえなんて、情けねえ。



しばらくして、エルヴィンが乗り込むと、馬車が軋みを立てて動き始めた。

「……兵長だ」
「じゃあ兵長さんて呼んでもいいですか」
「好きにすればいいが……この状況でよくそんなことが言えるもんだな」

エルヴィンは間髪入れず「口を慎め」と言った。

「うっせえよ。何も知らねえガキを金貨何枚かで兵団に引き入れたのは俺たちじゃねぇのか、あ? これじゃあ、そこいらの人さらいと」

「知っています」

そのあとに続く言葉を遮ったのはミテラだった。拳をぎゅっと握って、静かな声で。

「知っています、兵長さん。そんなことは。でも、あのとき、あなたがわたしの絵を褒めてくれた、それだけでわたしは十分なんです」

ありがとう。
ミテラはリヴァイを見つめて微笑んだ。

リヴァイはその視線から逃げるように、エルヴィンを見た。
エルヴィンも、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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