「ずいぶんと鬼気迫った顔」

と私が言うと、今吉は青峰を見た。
青峰は首元をおさえながら、狐に化かされたような顔をしている。
そして、陳腐な修羅場のはずなのに、今吉が睨みつけたのは、私。

「当然やろ。殺人未遂もええところや」
「殺人、なんて人聞きの悪い。ちょっと閃きを探してただけ」
「どっかで聞いたような台詞やな。人生は一行のボオドレエルにも若かないってか。ふざけんのもええ加減にしてくれ」

私は、羅生門を書いたあの男とは違うと思った。
情婦と玉川上水に飛び込むような、ふざけた真似は出来そうもない。
私は真剣だ、そう伝えようと思ったが、今吉の顔を見て、やめにした。

「今吉、怒ってる?」
「そりゃあ、ぎょうさん。ウチのエースを潰されるわけにはいかんからな。
……ほら、お前も部活出んのやったら、とっとと帰り」

今吉が向き直ると。青峰はかろうじて舌打ちだけ残して、逃げるように去っていった。


「最初に言っておくけど、先に手出したのあっちだから」
「して、挑発したのはそっちやろ」

青峰の姿が消えるや否や、分厚い布に水を通すように、今吉の顔にじわりじわりと嫉妬がにじむ。
今吉は感情を隠すのも、使うのも、本当に上手い。


「心配しなくても、本当にインスピレーションを探してただけ。面倒だから高校生とは付き合わないよ」
「ワシ、目黒と同学年やなかったっけ?」
「あんたの中身、年上みたいなものじゃない」
「褒めてるようには聞こえへんな」

突如、聞き慣れた電子音が空気を軋ませた。

予想通りの発信者。
通話ボタンを押さないでいる私に、今吉は「誰?」と妙に平坦な声を発した。


「カレシ」

ちょっと思い直して、塾のバイトの美大生だと付け加える。今吉の顔が、あまりにも歪んでいたから。

「禁断の恋にセフレに彼氏って、ずいぶん男にバリエーションがあるんやなぁ、目黒には」

禁断の恋、なんてメルヘン。

「どうとでも言えば。あんた以外の知り合い全員、そんなこと知らないから」
「へぇ、お前さんでも友達おるんか」
「いるよ、そりゃあ。お昼と移動教室を一緒にする知り合いの1人や2人」


「そりゃ淋しいな」

淋しい?
聞き返そうとしたのに、また携帯が震え出す。


ぷるるるるるるるる……
融通のきかない着信音を追っていると、耳がゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうだ。


「今日は……ちょっと整理してくる。じゃあ、また今度」
「は?」
ユニフォーム姿の今吉に背を向けて、外へ向かう。



その晩私は、半年通ったカレの家で別れを告げた。
カレは呆気にとられた顔のまま、好きな人でも出来たの、と聞いた。私は答える代わりに、右手の包丁をシンクの中にそっとたてかけた。

切りかけの、デッサン用のオレンジを置いて、絵の具くさいアパートを後にした。


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