「そういえば、あの絵は結局どうしたんや」

翔一はステーキにナイフを滑らせながら、ぽつりとそうこぼした。
7年間、あえて触れなかった質問だった。

「ああ、たしか美術室の倉庫につっこんだと思うけど」
「……学校に置いてきたんか」
「菅原先生に追い打ちかけるのもなんだったし、あんな痛々しい絵、家における?」

私があっけらかんと言えたことがよほど不満だったのか、翔一は珍しくポーカーフェイスを崩した。
一体、どんな夢を抱いていたのか。

仕方ないじゃない、と思ったけど口に出さなかった。


大人になるってそういうことでしょ?


「そこで。大人になった私からの提案なんだけど、聞いてくれる?」
「ああ。構わんよ」

「ねえ、子どもつくらない?」

ごほっ、と末期の結核患者みたいな音がした。
通りかかったウェイターが気を利かせて紙ナプキンを差し出した。

それで口元を拭いながら、翔一はまだ信じられないように「子ども?」と聞き返す。

「うん、子ども」
「ちょい待ち、頭がついてこんわ。……こんなこと言うのもあれやけど、ワシら結婚すらしてへんよな?」
「それはどっちでもよくて、」
「いやいやいや、そっちが本題やろ。だいたい、どこからそんな話が降ってきたんや」

翔一は有無を言わせぬ調子で私の言葉を遮った。本当に珍しいことに、その顔に焦りが見え隠れしている。

「どこからって、さっきの話の続き」
「クリエイトがどうこうって話と子どもつくるんが、どうやったら……」

そこまで言いかけて、翔一ははっとしたように口をつぐんだ。
ふたつはたしかに、繋がってはいる。
どちらもゼロから生み出すもの。


「私でもなにか、残したくて形にしたくて、この1週間ずっと考えてた」

もし、このまま時間だけが過ぎて、ただ死を待つだけだとしたら。
もし、編集社がなくなって、私が編集した雑誌なんてあとかたも無くなっていたとしたら。

きっと私は、何のために生きてきたのか分からなくて途方に暮れる。
それがどうしようもなく、怖い。

でも、あたしは女だ。
ひとりでつくり出すことが出来なくたって、翔一とふたりなら、つくれる。クリエイターになれる。


これがあたしの答えだ。

「だからね、翔一。妊娠が分かるまで、婚姻届は待っててくれる?」
「もし嫌って言ったらどうする?」
「プロポーズしてきた方が断るわけないじゃない」
「……お前ってやつは、ほんっっまに自己中やな」
「翔一のおかげだよ」

翔一は意味が分からない、というようにこめかみをおさえた。


だって、あなたはいつも、私が欲しいものだけくれるから。







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