▼彼と彼女のとある時間の物語
FFI中のお話
「キスって、どんな感じなのか知ってる?」
「は?何言ってんだお前」
今は休憩中
そう、サッカーの、練習の、休憩中なんだよ
「そんな顔しないで、単なる疑問じゃない」
そう言うと、くすくす笑って冬花は俺を見詰めた
「今すぐキスしようって誘ってる訳じゃないんだよ?」
「んな事分かってら!けど、今するような話かよ?」
「じゃあいつなら話してくれるの」
「は?」
「ふたりで話出来る時間なんて、今は殆ど無いでしょう?」
「……そ」
そりゃそうだ
決勝が近くなって練習も日を追う事にハードになって来た
練習練習また練習
終われば飯食って、明日の練習の為早寝して
こいつとゆっくり話をする時間なんて、近頃は無い…かも
でも
「馬鹿野郎、俺達はそんな話をする為に此処に居るんじゃねーんだよ」
「そんな事分かってるもん、私だってマネージャーなんだよ」
じろ、と睨まれて何故か少し、後退っちまった
「じゃあ一体何なんだよ…」
はー…と息を吐く
「ちょっと知りたかったの」
「何を」
「明王くんがね」
「ああ」
冬花の言葉を半分聞き流しながら、俺はドリンク口にする
「私とキス、したいのかなあと」
ブ――――ッ
「わッ汚ねえ!!!不動てめえ!」
佐久間が飛び上がって、傍に居たゴーグル野郎が渋い顔で俺を睨んだ
「何だ不動…ドリンクを吹っ掛けて因縁を吹っ掛けるつもりか?」
「ち、違…ッ違えよ!!!」
「ごめんね佐久間君鬼道君」
「む、…久遠が言うなら仕方ないな…」
振り上げた拳をすんなり引っ込めた佐久間だったがギロリと睨みをきかせやがった
「久遠に面じて許してやる、貴様次は無いと思え…」
佐久間とゴーグル野郎が俺から離れて行き、俺は冬花に詰め寄った
「いきなり何なんだよ!!」
「最初から同じ話しかしてないじゃない…明王くんがちゃんと話を聞いてくれてないから慌てるんでしょ」
「そ…ッ……」
「少しはしたい、って思ってくれてるのかなあって…」
「そ、そん…いやッ待て!おおおおおお前はどうなんだよ???」
「私?」
「そーだ!人をからかうような発言ばっかりしやがって」
冬花の眉が少し寄って、僅かにむくれる
「からかってる…ってちょっと酷い」
「は?」
「私は真面目だよ」
「真面目ねえ…」
「私は、明王くんの事好きだし、いつも応援してるし、夢が叶えばいいって思ってるよ…夢が叶う瞬間に傍に居られたらいいなって願ってるし…手も繋いでみたいし、キスだって」
「………!」
言葉を止めた冬花がじっと俺を見詰める
その真剣な表情に思わず何も言えなくなって、ついでに言えば、その口元へ視線が引きつけられる
綺麗な、くちびる
「したいよ」
「!!!」
ぎくりとして心臓が掴まれたような感覚
何か、ヤバイ、マズイ
「私が思ってるように明王くんもそう、…思ってたらいいなって思うのって、おかしいこと??」
「いやそれは別におかしくは無いと言うか何というかだな!」
冬花の真っ直ぐな瞳が悲しそうに俺を見詰めるもんだから、咄嗟に言葉が飛び出す
「そ、そそそそりゃあ俺だってだな」
「………」
「俺だって……俺だってお前と出来ればその」
喉元まで出かかった言葉を振り絞ろうと、羞恥心を無理矢理押さえ込んで俺は口を開こうと試みる
意思表示するのは正直言って得意じゃない
言葉にするのは面倒だ
けれどただ、たまにはそういうのも必要なんだとは思ってるし、何より目の前のこいつが悲しそうな顔をしているのがたまらなく
嫌なだけだ
だから俺、勇気出して力振り絞って…
…………って、ちょっと待てちょっと
流されてこんな展開になっちまってるけどこれってそんなに重要なことか
今ここで、すぐそばにはメンバー達の笑い声まで聞こえるこんな場所で
これは言うべき事な
「おい、不動」
「!!!!!」
「お楽しみの所悪いんだが休憩は終わりだぞ」
「!!!!!!!!!」
鬼道がニヤリとするのと、フィールドに出ようとするメンバー全員が俺を見てニヤニヤとしているのと、マネージャーの女子達の目がキラキラしてるのと、監督のこめかみに怒りマークが浮かび上がっているのを、同時に発見した俺の口からは自分でも聞いた事の無い声と言葉が発せられていた
「α○▽#$%&β∽γ※!!!!!!」
「あ、いたいた明王くん!」
「………」
「もう、なーに?こんな所にうずくまって…」
「お前に俺の気持ちが分かるか…」
「練習終わっちゃったよ?」
「うるせー」
怒りも消えて、なんだか情けなさに襲われて…仕方なく俺は立ち上がった
目を合わさなくとも、冬花が俺を見詰めているのが分かる
「ごめんね…」
今にも泣きそうな声色に、ずき、と胸が疼く
「もう休憩中に話し掛けないよ、お父さんにも私の方が悪いんだって…謝っておいたから…」
ずきずき、と胸が更に痛む
「本当はね、…少し寂しくて、…ちょっと明王くんの事からかっちゃおうって…思ったの…ごめん、…なさい」
そんな顔すんじゃねーよ
「別にいーよ、バーカ」
「……」
胸を満たすのは、不思議な、満足感
「冬花」
「え?」
「したいんだけど」
「え?」
「キス」
「えっ?」
歩み寄って、冬花の両腕を掴む
ぱちぱちと瞬きをする冬花が俺から視線を逸らさないから、気恥しくなって来る
「目え、閉じろよバカ」
「あ、ご、ごめん…」
「ったく」
「だって、初めてなんだもん」
顔を赤く染めて、俺を見詰めてそう言う冬花は、自分で言うのもなんだけどすげー可愛くて、つい白状しちまった
「俺だって初めてだよ」