▼ずるいから好きです
「木暮く〜ん」
練習を見に来ているファンの女の子達が手を振っているのが見える
そりゃあね
こんな遠い島まで来るくらいなんだもの、よっぽどのサッカーファンに決まってる
豪炎寺さんやお兄ちゃん、風丸さんとか、キャプテンにも固定ファンが付いているんだもん、木暮くんにだって、まあ、居るわよね
それはいいの
でもそうやって、らしくなくいちいち顔を赤くしなくたっていいんじゃない?
豪炎寺さんなんて軽く会釈するくらいだし、お兄ちゃんだってそうよ
応援してくれるファンに応える事もサッカープレイヤーとして大切だもの
けれどその反応は何なのよ
いつも私に見せるあの笑い方してみなさいよ
バカ、木暮くんのバカ
ああ、でも落ち着かなきゃ
ふう、と息をつくと木暮くんと目が合ってしまった
胸がぎゅうっと絞られる
視界から木暮くんを消したくて、あからさまに顔を背けてしまった
「洗濯物取り込んで来ますっ」
木野先輩に声を掛けてその場を離れた
走りながら、じわりと滲む涙を拭いながら自己嫌悪に陥る
可愛くねーな
事ある事に小言を言う私に、いつも木暮くんはそう言う
『お前可愛くねー!』
『どうせ可愛くありませんよーだ』
その会話はいつものこと
けれどそれは、少しずつ私を傷つけている事を木暮くんは知らない
その傷は徐々に抉(えぐ)れて、いつか穴が空いて其処から何かが出てきてしまうのでは無いだろうか
風になびくユニフォームを見詰めながら、鼻を啜った
「何泣いてんだよ」
飛び上がる程驚いて振り向けば、いつの間にか其処には木暮くんが居て、私は思わず再び前を向く
「別に泣いてなんか無いもん」
「ふーん」
「何で来たの?可愛い女の子の声援受けて来たら?」
憎まれ口を叩いてしまってから直ぐ様後悔した
ほんとに、これじゃ本当に可愛くない
私は思わず両方の手をぎゅっと握り締めた
するといきなり木暮くんがその手を掴んで私は弾けるような動きで木暮くんを見詰めた
木暮くんは私の直ぐ傍に居て、掴んだ私の手を体の前に差し出させる
そして「手、開けよ」と小さく言った
伝わって来る、ちょっと汗ばんだ木暮くんの手の感覚が私の強張りを解いてくれる
木暮くんが手を離してから、ゆっくり手の平を見せると…その上にリボンのついた小さな小さな紙袋を置かれた
「やるよ」
「えっ…何で?」
「今日はホワイトデーなんだよ」
「あ…」
「マネージャー達のとは別にくれたから、そのお返しだよ」
言葉が出なかった
もしかして、練習の合間にわざわざ用意してくれたの?
「だから泣くなって」
「な、泣いてないよ…」
木暮くんは頭の後ろで両手を組むと、そっぽを向いた
「あんまり怒んなよな」
「え…っ」
「可愛い顔が台無し」
瞬間的に耳が熱くなった
そんな私を見詰めた後、木暮くんは笑った
「バーカ」
ずきずきと胸が痛い
こんなに私の心を占めているこの人は気まぐれで意地悪だ
「な、何よ、バカ!」
「バカはお前だろー」
「何よ、お兄ちゃんに言いつけてやるから!」
「あ、きったね!反則だろ」
「反則は木暮くんでしょ!」
「う、うるせっ」
そう叫ぶと踵を返して、木暮くんは走って行ってしまった
その背中を見詰めながら、ほっと息をついて木暮くんのくれたプレゼントを両手で包む
「ばーか」
そう呟いてプレゼントにキスした事は、木暮くんには絶対内緒
「ずるいから好きです」
by確かに恋いだった