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▼世界にただ私達だけが


「あ、雨」

ミーティングルームの窓が濡れている事に気付いた春奈が、自分と同じく洗濯物をたたんでいる秋を振り返る

「冬花さん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫よ」

春奈は不思議そうな表情で秋を見詰めた
退院して一週間経つ冬花が、買い出しを買って出て出掛けてから30分は経っていた

「でも」

春奈が言いかけると、秋は何枚目になるであろうユニフォームをたたみながら口を開いた

「さっきね」
「え?」
「不動君に傘を持って行って貰ったの」
「不動さんにですか?」

春奈が驚きの声を上げる
秋はその時の事を思い出したのか、おかしそうに笑った

「だって不動君たら、玄関でうろうろしてるんだもん…出たり入ったりして、空を見上げて、傘を持ったり置いたりして…」
「わ、分かりやすいですね」
「だから鬼道君にからかわれるのよね」

春奈が声のした方へ目をやると夏未が入って来た所だった

「これが吹雪君、こっちが土方君、これが綱海君ね」
「あ、夏未さん今度は私が行きます!」

春奈はたたみ終わった洗濯物を分けて抱えると、選手達に届けに部屋を出て行った

「あの2人、どうなってるのかしらね」
「そうねえ…」

タオルをたたみ始めた夏未が、くすりと笑って言葉を続けた

「見てると、面白いわよね」
「それは夏未さん達もよ」
「そ、そうかしら」

夏未は口ごもり、窓の外へ目を向ける
雨は先程より酷くなり、ざあざあと音を立て始めた

「珍しいわよね、雨なんて」

秋もそう言うと、手を止めて窓の外を眺めるのだった










冬花は息を吐いて空を見上げた

宿舎を出て来る時は、確かに怪しい雲行きだった
すぐ帰って来られると高を括って、傘を持って来なかったのが失敗だった
思いがけず時間がかかって、店を出ようとした時に雨が降り出した

このまま走って行くか迷っているうちに、雨足が強くなり、冬花は店の入り口で止まない雨をぼんやり見詰めていた


わたし、何か焦ってるなあ…


冬花はふう、とため息をついた

入院していた時間、を、取り戻したくて出来ることは何でもやった
心配される事が、有り難くも何か嫌な感じがして…自分は元気なんだと分かって欲しかった


早く皆の所に戻りたいのに


けれど、ざあざあと音を立てて降り続ける雨が、まるで「そうはさせない」と言っているようだった


「何、泣きそうな顔してんだよ」

ハッとして目をやると、目の前に不動が立っている

「不動君…」

じわ、と涙が滲んだ

「どうしたんだよ」

歩み寄った不動が怪訝な顔を自分に向けている

「何でも無いの」

口ではそう言ったものの、雨の中取り残されたような自分を、忘れずに迎えに来てくれた

その嬉しさが冬花の胸に広がって涙となり頬を伝う

「何かあったのか?」

慌てた不動の声色に、首を振りながら冬花は呟く

「…何でも、ないよ…」
「何?聞こえねー」

ばたばたと店の屋根に落ちる雨音が2人を包む
騒然としたその音の中、冬花は不動に寄り添って泣いた

不動がぎくしゃくと挙動不審に陥り顔を赤らめ周りを見回すと、興味津々の店の客達が自分達を見つめていて…慌てて冬花の腕を掴むと「行くぞ」と傘を広げた



「傘…ひとつだけ?」
「うっせえ…慌てて来たから忘れたんだよ」
「慌てたんだ」
「うっせーな、濡れるからもっと寄れよ」

そう言った不動の肩が濡れている

「ありがとう」
「別に心配してた訳じゃねーし」
「うん、でも…不動君が来てくれて良かった」
「そ、そうかよ」
「他の人だったら、あんな風に泣けなかったかも」
「……」
「何かいろいろ考えちゃって」
「……」
「泣いたら少し、すっきりした」

黙って冬花の言葉を聞いていた不動が、ぴたりと足を止め、冬花も立ち止まった

「……?」

しかし不動は何も言わない

「不動君…?」

黙ったまま、不動は冬花の肩をグイッと抱いて、自分の方へと引き寄せた

不動の息遣いを感じ、顔が、耳が熱く感じる
不動の不器用な優しさが、冬花の心を満たし、この人の傍にいつまでも居たいと…思っている自分に気付く

「不動君」
「何だよ」
「明王君って、呼んでいい?」
「…いいけど」

照れた不動の声が心地良く耳に響いて、冬花は不動の肩に頭をもたれて尋ねた

「少しだけ、こうしてて、いい?」
「か、勝手にしろ…」

傘の中の特別な空間、そしてかすれた不動の声


まるで世界に私達だけしか居ないみたい…


そんな事を思いながら、冬花は目を閉じた







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