▼気付きたくないその想い
病室の前で、不動は足を止めた
時間は夕方、確か監督はまだ宿舎に居た筈だ
そもそも病室のドアと言うのは音があまり立たないようになっているのだが、それでも不動は自分でもかなりの気を遣っていると意識せざるを得ないほど、極力静かに引き戸になっているドアを開けた
そっと病室の中に体を滑りこませる
夕方の夕日が窓から差し込み、少々西日が強いその部屋に、冬花は眠っていた
「それでさ、冬っぺが目を覚ましてくれて、本当に良かったよ…」
円堂が食堂で鬼道や豪炎寺、風丸などに息せき切って話をしているのを、密かに聞き耳を立てて聞いていた
「夏未がいろいろ調査してくれててさ…冬っぺのお父さんが実は…」
冬花の本当の両親は交通事故で二人共他界している事
監督と冬花が実は義理の親子だった事
本当の父は影山の部下だったが裏切って円堂大介を海外に逃がす手伝いをしていた事
「大変な過去だな…」
鬼道が呟くと豪炎寺が頷き、円堂がメンバー達を見回す
「何かあった時は仲間の俺達が、支えてやらなきゃな!」
円堂の話によると、冬花が目を覚ましたのは「仲間」と言う言葉に反応してくれたから、らしい
確かに仲間は必要だ
自分とて、イナズマジャパンの仲間の1人として認められて、代表に選ばれた頃よりは随分と居心地が良くなった
だがな
別に仲間がいつもいつも傍に居てくれる訳じゃねえ
実際そうだったらかなりウザい
それに…仲間に頼りきるのも問題だ
だから所詮人は1人
1人で居られる強さも持ってないとダメなんだ
そう考えながらベッドに近寄って、静かな寝息を立てる冬花を見下ろした
気が付けば、不動は宿舎を抜け出し、この病院へと足を向けていた
自分の行動に明確な理由が見つけられないまま、今に至る
病院に到着した段階で、不動はこれについて深く考える事は止めようと思い思考を閉ざすことにした
もし、突き詰めて考えて答えが出てしまったら…何となく面白くない答えが出るような、そんな気がしたからだ
こいつと喋ると調子が狂うし、俺がどんな嫌味を言ってもまるで通じない
それどころかいつの間にか形勢逆転して、こちらがやり込められている事が多い
だから、こいつは苦手だ
こいつの持つふわふわとした雰囲気が、絶対苦手な筈なんだ
なのに何で、俺は此処に来ちまったんだろうな
思考を閉ざそうと決めた筈なのに、いつの間にかまたふりだしに戻っている事実に不動は気付いていない
「…全くどうかしてるよな」
自嘲気味に笑う不動だが、ポケットに突っ込んだ手を取り出して冬花の頬に掛かる一筋の髪をそっと取り除いてやる
「う…ん」
冬花が身じろぎして、不動は慌ててその手を引っ込めて目を逸らした
「不動、君?」
鈴の音の様なその声が、自分の名前を呼んだ
不動は逸らした目をそろそろと戻し、冬花を見詰めた
先程は閉じていた瞳が、今は開かれて自分を見ていた
いつも自分を見詰めているあの眼差しで
「来てくれたんだ…」
「……まあ」
「ありがと…」
「どうなんだよ」
「うん、もうすぐ退院出来るって…もう大丈夫だよ」
「別に、心配してた訳じゃねーし」
冬花はくすりと笑うと「そうよね」と呟く
「何だよ」
「ううん…来てくれて嬉しいなあと思って」
「……そうかよ」
「うん」
「…他のヤツは心配してたぜ」
「そう…」
わざわざ「他のヤツは」と言ったのだ
俺は別に心配して、此処に来たんじゃない…
ただ何となく来ただけだ
「マネージャー達もそのうち来るんじゃねーの?」
「忙しいから…無理しないで、って言っておいてくれないかな」
「…やだね」
「言うと思った」
冬花は笑うと体を起こそうと起き上がりかけ、それを不動は手を伸ばして支えてやる
「起き上がって大丈夫なのかよ」
「平気だよ、体が悪い訳じゃないもの」
「ほら、これ羽織ってろ」
不動は畳んで置いてあったストールを冬花の肩に掛けてやる
「ありがとう」
「別に…」
冬花は夕日を見詰めながら「綺麗だね」と呟いた
不動も夕日に目をやり「こんなの眩しいだけだ」と返す
そろそろ行った方が良い
頭では分かっているのだが、何となく立ち去り難い
「…早く戻って来いよ、皆待ってるだろーから」
「不動君も?」
「は?」
「不動君も待っててくれる?」
こちらを向いた冬花の顔が、夕日の光の逆光になって、良く見えなかった
どんな表情でそう言ったのか、不動は心の奥底で知りたいと思っていた
けれど今の段階では、そう思っている事をまだ自分でも気付いていない
「…じゃなかったら、来てねーよ、こんなとこ」
「…ふふ、そうだよね」
「何だよ」
「何でもない」
チッと舌打ちする不動だが、ふと気になって冬花に問いかける
「そろそろ監督来るんだろう」
「ここの所忙しいみたいで、いつも19時過ぎだよ」
不動はちらりと時計を見る
19時にはまだまだ時間がある
密かにホッとしてる?
「もう帰る?」
「別に…居てやってもいいけど」
「じゃあ、もう少しだけ」
「しゃーねーな…」
この湧き上がって来る気持ちは何だ?
相変わらず逆光になって良く見えない冬花の表情
不動は立ち上がってぶつくさ言いながらカーテンを閉める
「眩しいから閉めるぜ」
「うん」
カーテンを閉めるとようやく冬花の顔がまともに見られる様になった
何だこの満足感は
不動はハッとして考える事を止めた
考えたらダメだ
気付いたら、何かマズイような気がする…
でも
ああやめろ!考えるなってば!
そんな不動の葛藤も知らず、冬花は「そうだ」と不動の顔を見る
「不動君何か飲む?」
そう言って冬花がベッドを降りようとするのを、慌てて止める不動
「いい、いいから俺がやる!どうせ冷蔵庫入ってるんだろ?」
全く…と良いながら冷蔵庫の方へ歩いて行く不動を見詰めながら、冬花は嬉しそうに微笑むのだった