▼共有する時間が増えれば増えるほど、それは次第に大きくなっていくもので
「どうだね、雷門のお嬢さんは」
食後の紅茶を吹き出しそうになった鬼道は、火傷しそうになりながら急いでカップをテーブルの上のソーサーに戻した
そんな息子の様子を楽しそうに眺めながら、鬼道氏は言葉を続ける
「いきなりお前の婚約者になって戸惑っているかな?」
ほら見ろ...雷門、俺の言った通りだ!!
あの話からまだそう日が経っていないと言うのに......!
ここで下手な事を言ってしまったら、結納をするとかなんとか言い出しかねないぞ!
それは困る
「…………?」
……いや別に困る事ではないか?
俺は別に雷門を嫌いだと言う訳では無いしな
今まで接して来て何ら不都合は無かったし、むしろ評価していたと言ってもいい
円堂の祖父も認めたオペレーターとしての実力も有る
理事長代理や生徒会長としての能力
まあ少々家事は苦手なようだが完璧な人間などそうそう居ないからな
俺様は完璧だがなハハハハ
だから完璧な俺様が補えば俺達は……
「………………!」
ち、違う!!!
何を考えているんだ俺は!
困る!大いに困る!
だいたい俺達はまだ中学生なんだから婚約とかそういうのは早いだろうってことだ!!!!!
先日までの鬼道家の後継ぎとしての覚悟はどこへやら、鬼道が赤くなったり青くなったりしていると、鬼道氏は肩を揺すって笑い出した
「あっははははは…お前もまだまだ子供だな!」
「なっ!!何を言うんですかいきなり!!当たり前ではないですか…俺はまだ中学生なんですよ、父さんから見たら子供です」
「くっくっく…いや、すまない」
心底可笑しそうに、そして嬉しそうに笑う義父の姿を、鬼道はまじまじと眺めた
食事の時に、こんな風に楽しく笑うのを初めて見たような気がする
「ずっと見たかったんだよ、私は…お前のそういう姿をね」
「……あまり見せたいものではありません」
顔を赤くして抗議する息子に笑みを向け、鬼道氏はコーヒーを口にする
「うまくやっていけそうかね?」
「……ええ、…まあ…恐らくは…」
歯切れの悪い返事に鬼道氏は尚もニカニカと笑って、息子をからかった
「お互いの事をよおおおおおく知らないと、いかんなああ…」
「は?いや、それは追追…」
「いや、急務だな」
「ちょ?父さん?」
「早々に次の会食の日時を決めよう」
「まままま待って下さい!」
「学校じゃ友人達の目もあるし、そうそう仲良く出来んだろ?学校外の時間も増やして、お互いの事を知り合わないとな!!!」
自分の思いつきに興奮し出した義父を止める術を鬼道は知らない
「それとも、自分でデートにでも誘うかね?」
「やッ…それはまだ待って下さいお願いします!!!!!」
「宜しい…では早速雷門さんと打ち合わせだ」
ニヤリ、と笑う鬼道氏は心底楽しそうだ
「……」
けれど
けれど、こんな楽しそうな義父の姿をこれからも見られるなら、それも悪くない
義父が楽しそうにしていると、自分も何だか心が温かい
「ところで友人達にはこの事は伝えたのかね?」
「いえッ!!!!!雷門さんがまだ知られたくないと言うので、誰にも!!!」
これならば強引な手段を義父が取る事は無いであろう、と言う鬼道の策略である
「ふーむ、彼女の希望なら致し方あるまい…しかし面白くないな…」
「何か言いましたかお父さん?!」
流石の鬼道氏も、引きつった笑みを浮かべる息子を見て気の毒に思ったのか、それ以上鬼道をからかうのを止めたようであった
「そんな訳でな、父は心底楽しそうだ」
「そう言う訳だったのね、父からいきなりその話を持ち出された時は驚いたけれど…だって早すぎるでしょう?一度目の会食が先先週で、二度目が今週末だなんて…」
「正直言って、父自身が物凄く楽しそうに見える」
「それは言えるわね、私をからかって遊んでるようにも見えるし、全く大人げないと思わない?」
部室の裏手で、タオルを干す夏未を眺めながら、鬼道は腕組みを緩めた
「しかし」
夏未は動きを止めることも無く鬼道の言葉を聞いている
「あんな風に楽しそうな父は初めてみたな」
「……そうなの?」
「今までは何処か何か遠慮があったのかも知れない…俺の方に」
「そう……そうね、…確かに、あんな風に楽しそうにはしゃぐ父を見たのは、初めてかも知れないわ」
自分の父親の顔を思い浮かべているのだろう、夏未の横顔が綻んでいる
奇妙な共同戦線を張っている鬼道と夏未は、お互いの父に再びサプライズを仕掛けられないように、こまめに父の行動の報告会を行なっていた
時にはメールで、携帯で、そして時にはこうやって部活の始まる前に…
そのせいもあって…最初こそどう距離を取っていいか迷いのあった鬼道と夏未だが、今ではあたふたする事も無く誰の前でも以前と同じように接する事が出来ている、と2人も自負していた
はたはたとはためくタオルを眺めながら、鬼道は部室の壁によりかかりふと尋ねた
「全部洗濯したのか」
「ええ、そうよ…意外かしら?」
「いや、別に」
「……料理は苦手だけどね」
「自虐的なことを言うな」
「事実だもの仕方ないわ」
「意外かも知れないが俺は料理が得意なんだ、小さい頃春奈にもおやつを手作りしてやったんだぞ」
「あら、そうなの」
「だから雷門が料理が苦手だって全く問題無い」
「………………………………」
「なんだ?」
動きを止めてしまった夏未を怪訝な表情で見詰めてから、鬼道はやっと自分が今何を言ったのか気付いた
固まったまま動かない夏未がこちらを見ていない事をいいことに、じり、じりとその場から離れていく
急速に、夏未の耳が赤くなって行くのが目に入る
そして自分の耳も、猛烈に、熱い!!!
夏未がようやく振り返った時には、忽然と鬼道の姿は消えていた
ぬあああああああああ何を考えていたんだ俺はッ!!!
猛ダッシュで水道に向い、勢い良く水を出して顔を洗う
いやッ何も考えてなかったんだ俺としたことがあああ!!!
猛烈に恥ずかしい!!!
あの発言は俺がもう雷門を婚約者として扱っているって意味に取られかねんぞ??
いやそう理解されたからこそ、雷門は動きを止めて…
だいたいまだお互いの気持ちも確認してないのにって俺は一体何を…ッ
落ち着け、いいか落ち着け…
くそッこれからは一字一句発言にも気を配らねばならん…!!!!
浮かれているなどと思われては心外だし、俺は決して自惚れている訳でも無い
だったら何で
「……??…?!…???…!!!…ッ」
ドレッドがちぎれるのでは無いかと言うぐらい頭をブンブンと振り、鬼道は頭から何かを追い出す
「ま…ッ負けてたまるか!」
自分でも訳の分からない言葉を叫び、鬼道は円堂の元へ走り出す
「俺はサッカーに専念するんだ!!!!円堂オオオオオオ!サッカーやるぞお!」
「おッ鬼道今日は燃えてるな???」
「勿論だ!この鬼道有人サッカー以外は興味が無いからな!!!絶対!!」
「お兄ちゃんってなんか最近、テンションが異常な時がありますよね」
妹でなければ絶対言えない言葉をさらりと言う春奈に同意を求められて、秋は返答に困った
其処へ夏未がゆっくりと近付いて来る
時折足を止めて、フィールドを走り回る鬼道と円堂の姿をじっと惚けたように眺めていた
そんな姿を見詰めると、秋は春奈へと視線を戻す
「やっと鬼道君のこと、許してあげたの?」
「まあ…仕方ないですから…でも、今度同じ事があったら絶対突き止めてみせます、って言うか納得行く答えを聞くまでは口聞いてあげません」
「…厳しいわね〜…でも、サッカーに専念したいって気持ちもあながち嘘じゃないの、音無さんだって分かってるでしょ?」
「……それは、…そうですけどぉ…」
夏未から、夏未や鬼道の立場の話を聞いた秋はそれとなく、鬼道を擁護する
春奈とて、妹の自分に訳をきちんと説明してくれない兄をもどかしく思っているだけなのかも知れないのだ
鬼道にしてみれば、妹に余計な心配をさせたくない、と言う計らいであるのだが
「ごめんなさいね、遅くなって…あら、冬花さんは…」
「そうだ、ドリンクの準備してるんです、私手伝ってきますね!」
と入れ替わりで春奈が行ってしまうと、夏未は微笑ましくその後ろ姿を見守った
「何か、あったの?」
「え?」
「少し、元気無い感じ」
「……ううん、何でも、無いの」
夏未は秋に微笑むと、再びフィールドを見詰める
そして円堂と鬼道と一緒に走り回る部員達を見詰めながら、ぽそっと呟いた
「……何なのかしらね…」
「え?」
「この気持ち…」
「…夏未さん?」
「えッ??あ…忘れて!!今の!!」
夏未に懇願されて、秋は頷くしかない
「何かあったら何時でも相談して?一人で悩まないで」
「……木野さん」
「友達、でしょ?」
「…ありがとう」
そう答えた夏未の横顔はとても綺麗で、秋はこの時思った
夏未さんは恋をしているのかも知れない、と