▼それが嵐の前の静けさだった事に私達は気付かなかった
「何か、あいつら変じゃねー?」
半田が疑わしそうな視線を鬼道と夏未に向けていた
サッカーボールを踏んで転がった鬼道を、夏未が心配そうな表情で見詰めている
そもそも鬼道がボールを踏むなんて事、有り得ないのだが、どうも今日の鬼道は何かがオカシイのだ
「風邪でも引いたのかしら」
秋が心配そうに言うと、風丸が納得したように頷く
「それで熱にうかされているのかも…アイツ無理するからな」
「だったらもう帰って休んだ方がいいと思うんだけど…」
「では、俺が伝えて来る」
豪炎寺が鬼道の方へ歩いて行くと、入れ替わりで夏未が秋や風丸の所へやって来た
「夏未さん鬼道君大丈夫?」
「え?何のこと?」
「夏未さんの目の前で転んだでしょう?ボール踏んで」
「あ、ああ…そうだったわね」
「喧嘩でもしたの?」
「エッ!!!」
「だって何か鬼道君と夏未さんぎくしゃくしてるような…」
勘の良い冬花がぽそりと呟いた言葉に、過剰に反応して、夏未は後ずさった
「何が原因か分からないけれど、仲直りした方が良いんじゃない?鬼道君具合悪いみたいだし...」
秋がそう言うと風丸も頷いた
「うん、そういう雰囲気って飛び火するし」
「けッ、…喧嘩なんて!誤解よ!」
「分かります!お兄ちゃんってなんか喧嘩を売りたくなりますよね!」
「音無さんはちょっと待ってね」
秋が春奈を大人しくさせると冬花と秋と風丸が夏未を見詰め、そして鬼道の方へと視線を移動させる
それはまるで「さあ今すぐに仲直りしてこようね?」と言っているかのようだった
夏未が鬼道の方へとそろそろと視線を移すと、鬼道は尻餅をついていた
豪炎寺が声を掛けると、立ち上がり掛けた鬼道が自分のマントを踏んでつんのめっている
「………………」
その異様な光景に秋、冬花、風丸、春奈も言葉を呑み込んで再び夏未を見詰めた
「わッ私のせいじゃないわ!!」
「雷門のせいだとは、…思ってないこともないか」
はは、と気まずそうに笑う風丸を見詰めて、夏未は苦虫を噛み潰したような表情になった
数日前…
「夏未」
声のした方へ顔を向けた夏未が嬉しそうな声を出す
「お父様!…あ、理事長」
「ふふ、構わないよ、相変わらず几帳面だな」
「学校では理事長って呼ぶって決めたんですもの」
夏未の言葉に少し苦笑いした総一郎は、フィールドを走り回っている部員達の姿を眺める
「……どうだね?皆の調子は」
「ええ、良いと思うわ」
「そうか」
そう言って再び部員達へ目をやる総一郎を、夏未は不思議そうな表情で見詰めた
「どうかしたの?理事長?」
「うん?いや、…何でもないよ」
「何でも無いって言うお顔では無いけれど…」
「ははは、大丈夫だよ…まあ、しいて言えば…」
「え?」
「私はいつでもお前の幸せを願っているんだよ」
気を利かせてその場を外した秋達を視界に捉えながら、総一郎は微笑んだ
「それは、分かっています」
「うん…」
「…お父様、大丈夫よ」
理事長とは呼ばず、夏未ははっきりとした言葉にしない総一郎に向かって笑ってみせると、明るく言葉を繋いだ
「お父様の気持ちはいつだって、感じているもの、…私を大切に想ってくれてるって」
「…そうか、……」
一端言葉を切り、総一郎は息を吐いた
「うん、きっと…大丈夫だろうな」
再びフィールドを見詰めた総一郎がそう呟いて、夏未を見詰めた
「何のこと?」
「いや、何でも無いんだよ」
そしてもう一度だけ、フィールドへ目をやってから…総一郎は口を開いた
「こんな所で言うべきでは、無いんだが…」
「なあに?」
「今度、さる財閥の子息と夕食を共にすることになった」
「……そうですか」
「驚いたかな」
「いいえ、いつか、そう言うお話が来ると思っていたもの」
「…夏未」
「いいのよお父様、私、分かっているから…」
亡き妻にそっくりなその笑い方を見詰めて、総一郎は優しく夏未の髪を撫でた
「気に入らなかったら、そう言って欲しい…ただ、これは私もよくよく考えての事なんだ」
「大丈夫よ、お父様、…私は雷門夏未なのよ」
「夏未、お前「そんな顔しないで?」
総一郎から顔を逸らして、夏未は遠くを見詰めた
「何処の御子息なのか、聞かないのかい?」
「遠慮しておくわ…」
何処の誰だって、同じだもの
私は雷門財閥の令嬢として、何処かの財閥の子息と合う
私の肩には財閥のこれからがかかっているのだから
立派に全うしてみせるわ…
「あまり意気込まなくてもいいんだよ?顔合わせみたいなものだから」
「ええ」
夏未は分かっていなかった
総一郎が何故グラウンドまで足を運んだのか
そして、わざわざ、其処でそんな話をしたのか
ほんの少しでも考える事が出来たなら、あんな衝撃を受けずに済んだのかも、…知れなかった
さる令嬢との食事を父に打診されたのは、2日程前だった
「有人、ちょっといいか」
珍しく部屋を訪れた義父を、少しは疑うべきだったのかも知れない
「どうしたんですか?」
翌日の数学の予習をしていた鬼道は素早く教科書を閉じる
「いや、たいした話では、…いや、たいした話か」
独り言を呟く義父の顔を見詰め、鬼道は言葉を待つ
「今度、ある財閥の令嬢と食事をする事になってな」
「……そうですか」
「お前のことだ、きっと予想していたのだろう…いつかこう言う時が来ると」
「まあ、…そうですね」
鬼道の返事を聞いた義父は笑った
そしてまるで悪戯を仕掛けた少年の様な瞳で「楽しみだな」と言う
そんな義父の様子が理解出来ず、鬼道は首を傾げた
「何か…?あるのですか?」
「いや、何でも無いよ…お前には私の跡継ぎとして相応しい相手をと、…思ってね…これも親心だと思って受けてくれるか」
「勿論です…」
義父は嬉しそうに頷いて、鬼道の部屋を去ろうとした
それを引き止めて鬼道は尋ねる
「あの、どちらの御令嬢ですか」
「サプラーイズだよ、有人」
「は?」
初めて見た義父のそんな姿に絶句して、鬼道はその場をやり過ごす義父をまんまと逃がしてしまった
しかし気を取り直して、鬼道はただただ、鬼道家の跡継ぎとしての責務を果たす事を考える
義父の為に立派に…務めてみせると
しかしその時は…いずれ鬼道自身が、跡継ぎとしての責務だとか何だとか一切が頭から吹っ飛んでしまう事態になろうとは考えもしなかった
そしてその事態を巻き起こす張本人が他の誰でもない義父であることも・・・