▼夏祭りの夜4
「ここか」
豪炎寺は特製お化け屋敷の前で足を止め、隣の秋に目をやる
きゅ、と繋ぐ手に力が入ったのが分かって、豪炎寺は「大丈夫だ」と声を掛ける
「はいはい2人だね!特製お化け屋敷にようこそ!」
と、お化け屋敷には不向きな明るいおじさんが無料券を受け取りドアを開けてくれる
「結構怖いよ」
最後にぽつりと呟いたおじさんの言葉に秋が肩を震わせたので、豪炎寺は繋いでいた手を解いて秋の肩を抱いた
「大丈夫、俺がついてる」
「うん…」
「いやー!!」
く、くそ…此処にボールがあったらこんなお化けの格好した奴らなんかなんかなんか…
「行くぞ木野!」
お化けの奴らに囲まれる中、豪炎寺は秋の手を引いて駆け出した
…筈だった
「いやーん君イケてるわね!」
「豪炎寺君!」
「うわっ離れろ!」
お化け達が寄ってたかって来るから間違えた!此処は墓場でぞろぞろとお化け達が現れる事になっているらしい…
豪炎寺は間違えたおばさんのお化けの手を振り払ったが、逆に抱きつかれて頬ずりされる
くそ何だってんだ!
「やだちょっと離してよ!」
自分に抱きついてるお化けを引き剥がし、秋の声のする方を見る豪炎寺のこみかみに青筋が浮かんだ
秋の手を掴んでいるお化けがさらに抱きつこうとしている
ぷち
豪炎寺の何かが切れた
ぶら下がっている提灯を外し中の電球を引きちぎると、そのお化けの顔目掛けて蹴りつけた
「うわッ」
「もっと硬いもの…」
「ダメ!豪炎寺君いこ!」
秋は豪炎寺の手を取って走り出す
「あのお化け達はあのエリアで終わりだから…」
「大丈夫か木野」
「え?あ、うん…もう、豪炎寺君が提灯なんか蹴るとは思わなかった…大丈夫かなあの人」
「ボールじゃないんだ、提灯なんか平気だろ…(俺の)木野に抱きついたりするからだ」
「抱きつかれてはいないけど…」
「同じだ…張りぼての石でも蹴れば良かったかな」
「もう〜」
次の部屋に入った2人の足元に何かが引っ掛かった
すると2人の前にドラキュラの人形が天井から逆さまに凄い勢いで垂れ下がって来た
「!!!」
「きゃ!」
秋が咄嗟に豪炎寺に抱き付いて、豪炎寺が支える
「び、びっくりした…」
「大丈夫、にん…」
その豪炎寺のすぐ隣で、5個並んだびっくり箱が一斉に開き、中から人形のミイラ男の首が飛び出した
「いやッ!」
すがりついて来る秋の肩を抱きながら、豪炎寺もちょっとした恐怖と戦っていた
入り口のおじさんが「結構怖い」と言っていたのはあながち嘘では無いらしい…
俺が怖がってどうする!
これは怖いんじゃない…!驚いているだけだ!
「やだ!これ本物そっくり…」
と壁に張り付けてある巨大な蜘蛛の模型を見て怯える秋
「私蜘蛛嫌い…」
そう秋が言った時天井からバラバラと小さな蜘蛛の模型が落ちてきて、秋が悲鳴を上げた
「きゃあああ!!」
「だ、大丈夫だってニセモノだ!」
座り込んだ秋はついに泣き出してしまい、その泣き顔を見た豪炎寺の何かのスイッチが入った
「きゃ!」
豪炎寺は秋を姫抱っこすると走り出す
一刻も早く此処から出なくては!
「ご、豪炎寺君?」
「木野!目を閉じていろ!」
幾つもの仕掛けを通り抜け、部屋を抜け、やっと出口に出た時、豪炎寺は半分になった提灯を頭にかぶり、肩からは蜘蛛の模型が紐ごとぶら下がっていた
出口に出た豪炎寺は、言い付け通り固く目を閉じている秋を眺めて微笑む
可愛いな…
「出口だぞ」
そう言いながら秋を下ろすと、秋はそろそろと目を開ける
「ほんとだ」
嬉しそうな笑みを見せる秋を見詰め、やはり笑顔がいい、と豪炎寺は思った
半分の提灯と蜘蛛の模型を出口のおじさんに返すと、豪炎寺は秋に手を差し出した
「行こう木野」
「うん」
秋がその手を取ると豪炎寺が優しく微笑みかけ、秋は顔を赤らめた
「どうした?」
「……良かった…」
「え?」
「格好良かった…よ、豪炎寺君」
秋が照れながらそう言うと、豪炎寺の顔も赤くなった
「沢山叫んだから喉渇いちゃった」
「それにしてもあのお化け屋敷はなかなか怖かったな」
「怖かった?」
秋が豪炎寺の顔を覗き込んで笑い、豪炎寺は慌てて訂正する
「いや、驚いただけだ」
「本当に?」
「ああ」
秋がくすくすと笑い、その横でバツの悪そうな顔になる豪炎寺
「かき氷でも食べるか」
「うん」
かき氷の出店を探す途中、辺りがざわざわと騒がしくなった
「御神輿が通るぞ!」
向こうから御神輿がやって来る
夜の商店街をライトに照らされた御神輿が担ぎ手に担がれて進んでくる
出店と出店の間で御神輿が通り過ぎるのを待つ事にした2人だったが、秋が後ろで何かを見つけてそちらへと歩いて行く
宝石店のウィンドウに飾られたそれは、プラチナのネックレスで、トップには小さなダイヤがついている
「綺麗」
暫くそれを見詰めていた秋がぽつりと呟いた
「私もああいうのが似合う大人になれるかしら…」
「なれるさ」
「ふふ、お世辞でも嬉しいよ」
秋がにこりと笑うのを見詰めながら、豪炎寺は照れながら言葉を続けた
「木野は綺麗になる」
「……」
「俺は…」
「え?」
「大人になるまで木野を見ていたい…だから」
「…!」
「ずっと俺だけの木野でいてくれないか…」
「豪、炎寺…くん」
「木野が好きだ」
秋は一度俯くと、再び顔を上げて豪炎寺を見る
「私も、プロのサッカー選手になる豪炎寺君をずっと見ていたい」
「…!」
「だから、…傍に居たい、ずっと」
「うん」
「豪炎寺君が好き…」
「うん…」
豪炎寺は秋の肩を抱いて引き寄せる
「大人になったらさ…プレゼントするよ」
「え?」
「これ」
「……」
「大好きだ…」
「あんまり言わないで」
「どうして」
「照れちゃう…から」
恥じらう秋の横顔が綺麗で、豪炎寺は思わず見入ってしまう
「言わなきゃ、伝わらないだろう」
「そう、だけど…」
「変わらないよずっと」
「豪炎寺君…」
「ずっと木野が好きだ…今までそうだったように、これからも」
豪炎寺はそう言いながら、秋の肩を抱いていた手を秋の頭に移動させ…自分の方へと引き寄せた
そして頬を秋の額に寄せた時、後ろを御神輿が通り過ぎて行った