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▼情けないほどに、君が好きで


部活が終わった後に理事長室を訪れることは、鬼道の日課になっていた
特別な用事があったり、鬼道が突発的に仲間達と寄り道をして帰る時以外は、夏未を迎えに行き、そして一緒に帰るのだ



今日はいつもより時間がかかっているのは、ジャージから制服に着替えているからだろう
夏未は滅多にジャージを着る事は無いのだが、たまにその姿で現れると部員達が鬼道の目を気にしながら色めき立つ姿が少し面白かった

そんな事を壁に寄りかかりながら思い出していると、理事長室のドアが開いて、夏未がその姿を現す


「ごめんなさい、時間がかかってしまって」
「いや…理事長は?」
「今日は貴方のお父様と約束があるそうよ」
「ああ…そう言えば父もそう言っていたな」

ふう、と息を吐いた夏未が口を開く

「最近…ようやく落ち着いた、と言う感じね」

人の噂も75日とは良く言ったもので、あっと言う間に広まった鬼道と夏未の婚約の噂も今では掻き消えて…2人は周囲の好奇の視線からようやく解放されていた

「…ああ」

そう認識してしまうと、途端に、隣の夏未を意識してしまうから不思議なものだ


ほら、こんな風に…じわじわと嬉しさが込み上げてくるのだからどうしようも無い


だいたい、周囲が騒々しいうちは目立った行動はしたく無い、と一緒に帰る事すら渋った夏未だったのだ
当初は鬼道も夏未の意見を尊重していたのだが、当然ながら2人の父親達がそれを許さなかった
しかし今となれば、この時間があってこそ、周囲の煩わしさにも我慢出来たとも言える


殆ど毎日一緒に帰っているのに、話題は尽きること無く事欠かない
例え話題が無くとも、夏未の隣に居られる時間さえあればそれで良いとさえ思う


この俺が、変われば変わったものだな


帝国時代の仲間達が見たら、何て言うだろうか

自分の中に沸き起こる感情のままに
甘い、感情のままに

もっと近付きたいと願う


「夏未」
「え?」

立ち止まった夏未の手に、そっと触れる
細くて長い指先

ほの暗い廊下で佇む夏未の頬が、染まる

「繋いでも良いか」
「……もう、繋いでるじゃない」

馬鹿、と恥じらって視線を逸らす夏未の横顔を見詰め、囁く

それは迸る、想い

「……俺のこと、好きか?」

言葉にするなんてとんでもない、と言うように夏未がもっと顔を赤くした
けれど、真剣な鬼道のその表情に押されたらしい

視線を鬼道と合わせて、決意したような表情を見せるとそっとその可愛らしい唇を開く
その動きを眺めながら、ふと、思う…


不安なんかじゃない
ただ、言葉にして貰いたい
きっと甘えているんだ、俺は


情けないほどに


「……好き、…」


夏未が好き過ぎて


「大好き」


想いの表れたその言葉と、真っ直ぐ自分を見詰める夏未の瞳が嬉しくて、繋いでいる手にそっと力を込める

再び歩き出すと夏未が不満そうな声を出す

「言わせるだけなんて、随分ね」
「…まあ、そう言うな」

嬉しさを噛み締めながら、鬼道は微笑んだ
その表情を、夏未に見られないように







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