▼拍手文12 剣葵
「…………」
剣城は身動き出来ずにただ、自分の左側に掛かる重みに神経を集中させていた
どうすりゃいいんだ…
はあ、と溜息を密かにつく
ほんのちょっと寄るだけだったのに、いつの間にか随分と時間が経っていたらしい
今は暗くなるのが遅いから、そんなに時間が経っているとは思わず、剣城は慌てて肌寒そうな素振りを見せた葵に、無理矢理制服を羽織らせたのだ
「あったかい!」
そう言ってにこにこと笑う葵はとても可愛らしくて、剣城はまともに葵に顔を向ける事が出来なかった
何時でも、どんな事でも、素直に感情を表してくれる葵が最初は苦手だったのに、今はこんなに好きになっているなんて自分は変わった、としみじみ思う
急に会話が途切れて、とん、と自分に葵の体重がかかった
こくり、と項垂れる葵の頭を視界に捉えながら、寝てしまったか、と思わず笑った
それはそうだ、マネージャー業務だって結構大変だからな
そんなことを呑気に思った剣城だったが、こんなに葵と密着したのは実は初めだと言う事を俄に思い出した
気付いてしまったら今度は緊張感が襲ってきて汗をかいて来る
昼間の暑さが嘘のようなのに、剣城だけが猛烈に汗をかいている
待て、ちょっと待て…落ち着け
冷静になろうと必死で、落ち着け、と頭の中で繰り返す
そんな時、葵が使っているシャンプーの良い香りが風に乗って剣城の神経を刺激する
俺、汗くさいかも?
突然心配になった剣城だが、身体を動かしたら葵が起きてしまうかも知れないし、体勢を崩してしまうかも知れない
剣城の身体に微妙なバランスで身体を預けて眠っている葵を絶対に起こす訳にはいかない
きちんと支えてやった方が、いいのだろうか
と思うものの、自分達はまだ手も繋いだことが無いのだ
支える為とは言え、いきなり肩なんか抱いてしまっていいのだろうか
しかし何となく、ルールに反するような気がしないでも無い
ダメだろ、やっぱり
剣城は真面目だった
きちんとそういうのは段階を踏んで進んで行かないと、などと改めて決意し、何とか身動きを取らずに葵の身体を支えることに神経を集中する
緊張に緊張を重ねたお陰で剣城にもだんだん限界が近付いて来る
そして辺りはだんだんに暗くなって来て、このままじゃ、まずい
早く葵を家に送り届けなければ、と思うのだが、心の隅っこに、もう少しこのままで居たい、と言う可愛らしい願望が顔を覗かせる
その願望は顔を覗かせるとどんどん大きくなって来て、剣城の中の葵への想いをじんわりと意識させる
「………」
ちょっと、だけ
そう思いながら、剣城は自分の頭を、静かにそおっと…自分に寄り掛かっている葵へと寄せてみる
こうしていたら、周りから見たらとても仲の良いカップルに見えるだろうか、なんて剣城らしくない事を考えてしまった時
「剣城…くん」
夢の中の葵の口から出た言葉に思わず赤面して、首を動かした剣城に激痛が襲った
「いって!!!」
「!」
葵が飛び起きて見れば、筋を違えた剣城が痛そうな、しかし何処か嬉しそうな表情で首を傾けながら自分を見詰めているのであった