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2016 / 10 / 11 白いクレヨンで書いたから


匿名の手紙が届いた。夜勤明けで昼過ぎに目覚めるとポストに入っていた。
真っ黒で大き目封筒の裏に”白いクレヨンで書いたから読むときは好きな色の絵の具で塗ったらわかるよ”と書いてあった。僕は恐る恐る封を切った。中には3枚の薄い画用紙が入っていた。もう何年も絵を描くこともなかったし、家に絵の具なんてなかった。真っ黒な封筒と対比する真っ白な画用紙を机の上に並べながら家を出る準備をした。近所の文房具屋さんに向かう。

「こんにちは、古谷さん。どこかへおでかけですか?」
「ちょっと文房具店にいこうと思いまして」
僕の返答に家の近くに住んでいるお婆さんは困ったような顔をする。
「河合さんのところですか?」
河合というのは僕が行こうとしていた文房具屋の店主の名前だ。河合さんはこのお婆さんとそこまで年の変わらないようにみえるお爺さんだ。とても頑固そうな人だけれど引っ越してばかりの時、よく文房具を買いに行くと僕が入ってきたことに気づかないときはレジの傍にある籠の九官鳥に話しかけていたりしてその時の語り掛けがいつものむすっとしたお爺さんと思えないほど優しくてくすっと笑ってしまいそうになった。僕の存在に気付くといつものお爺さんに戻ってその傍の籠では九官鳥が「ありがとうございました」だの「今日もいい天気だよ」と楽しそうに喋っていた。
「河合さんがどうか・・・」
「古谷さん知らなかったんですね。河合さんのお店、閉店したんですよ」
言いにくそうにお婆さんは言う。僕が言葉を詰まらせると言葉を続ける。
「昔から肺が悪い人だったみたいで、九官鳥を買ってからは煙草はやめたみたいですがやめるまでのつけですかね。肺がんで入院した時にはもう・・・手遅れで」
淡々と時間が過ぎていく。僕はお婆さんの声をうわの空で聞いていた。河合さんと並ぶ籠の中の九官鳥がふわっと浮かんで消える。
「古谷さん?」
「あ、はい。ちょっとぼけっとしてしまってすいません」
「時々、河合さんが言っていたわ。今どき、近所であってもこんな古びた文房具屋に立ち寄り若いもんは貴方ぐらいだと。あの人、とってもとっつきにくいでしょう?でもね、とても優しい人なのよ」
「・・・知ってます」
僕が咄嗟にそういうと少しお婆さんは驚いたような顔をして「それならよかったわ。入院する前だったか私が河合さんを訪ねたら貴方が顔を出さないから元気にしてるかなんて言っていたの。」
「近いうち、お墓参りに行こうと思っているの。私は彼と幼馴染だから・と続けて僕のほうを見るお婆さんに「僕も一緒にいってもいいですか」と自然に言葉が出てしまった。優しく微笑んで「喜ぶわ」と言った・

「早いけど水曜日に行こうと思っているの先延ばしにすると貴方と話す機会もないでしょうしね」
「ええ、そうですね。では水曜日に」
お婆さんに軽く会釈をして、絵の具はもう買えないけれど河合さんの店に向かう。空がオレンジ色に染まる。特に河合さんと話したわけでもないし、今日こうやってお婆さんと話さなければ思い出さなかった文房具屋のことを思い出す。深くかかわったわけでもないのにとても胸が苦しくなって涙が出た。文房具屋には古紙に黒いマジックで閉店と貼られていた。
文房具屋の前で少しの間、感傷に浸っていた。絵の具は次の機会にしようと思った。今日の出来事が自分にはあまりにも色濃いものでもしかしたら絵の具を塗っても何も浮かんでくることなく、ただあの文房具屋に向かわせるための便りだったのかもしれない。
家に帰って広げた画用紙をまた封筒に戻して机の奥にしまった。きっとまたいつか引っ越すときに僕はこの封筒を開いて絵の具を買いに行くはずだ。そして、その先で何かを見つけるのかもしれない。




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