「純白のウエディングドレスを着たい」


いつだって彼女は突拍子もなかった。俺を喜ばせたり、悲しませたり、自由自在に感情を操るのが上手い。
決して俺が単純な訳ではなくて、彼女が俺にとってそういう存在だったってこと。
これが惚れてるだとか、愛だとか、そういう感情の上に成り立つもんで。俺は嫌ではなかった。彼女に感情を操られることが嫌じゃなかった。
ぷっくりした血色のいいピンク色の唇は「いつか着せてね」と可愛らしく歯を見せて笑う。



「あぁ。絶対着させてやるから」


胸いっぱいに広がっている確かな気持ちと未来を丸め込んで一緒に抱き締める。
当たり前のように俺の未来には亜季がいた。亜季の未来にも俺がいた。
俺が亜季に純白なウエディングドレスを着せて、その夢を叶えてやる。幸せにしてやるって思っていた。


綺麗、なんだろうな。亜季は絶対似合う。あの笑顔は汚れを知らないから、純粋で何色にも染まりやすくて染まらない白がよく似合うんだろうな。


純白のドレス

キラキラした指輪

幸せそうな笑顔

それは全部、幸せの形


眩しくて目を細めて逸らす。今の俺にとって、その何もかもが眩しすぎた。その白さに負けないくらいの透き通った肌も、小さくて華奢な体も、引き立つ。

――…やっぱり、俺の思っていた通り。亜季にはウエディングドレスがよく似合う。目の先にいる亜季は輝きを撒き散らしながら歯を見せて笑う。ただそれが、隣にいるのが、俺ではないっていうだけで

―――亜季は誰よりも、何よりも、綺麗だ。




気付いたらいつの間にか亜季と別れた季節を4度重ねていた。俺の元に届いたのは亜季の名字が池上から真野に変わるという知らせ。友達伝えではあったが、よければ結婚式に参加してほしいと言われた。亜季が何を考えてそう言ったのか分からない。



「行くぞ。お前は亜季が幸せになる姿を見届ける義務がある」


誰も知らない。俺の気持ちなんか。そんな義務なんてものが本当にあるのなら捨ててやりたい。

着慣れないスーツを着て、ネクタイをしめればあの日から感じる息苦しさが増した気がして、さっとネクタイを緩めた。胸いっぱいに広がる感情をなんと呼べばいいのか分からない。


彼女は今日、結婚する。

俺ではない男があの夢を今日叶える。


大切だったから、これでよかったんだろう。俺が大事にしてやることも、幸せにしてやれることも出来ない。…なんて、今になればただの言い訳。手離したのは俺で、その手を振り払ったのは俺で、…後悔なんかしようがない。大きな粒を流す亜季の涙を拭わずに、俺は亜季から離れたんだ。



「………寛樹」


その声も、優しさも愛も忘れられる。時間がたてば、忘れてしまう。思い出なんかいくらでも綺麗に書き換えられる。なのに、どうしてかずっと亜季の笑顔と泣き顔だけは俺の脳裏に住み着いて離れてはくれない。いくら時間がたっても薄れるどころか、より濃く刻み込まれた亜季のカケラが俺をいまだに苦しめているなんてきっと亜季は知らないんだろうな。


懐かしい顔ぶれが集まる中、声をかけられるのも億劫でひっそりと席を立つ。ある一室の扉の前で重く深く深呼吸。



「はい」


二回扉を叩くと柔らかな声が向こう側から聞こえた。それだけでもう、心臓がうるさい。遠慮がちに扉をあけ一枚の壁の先にいる彼女はゆっくりと振り返った。目と目があって、一瞬に彼女の顔つきが変わる。



「寛樹…来てくれたんだ」


手を口にあて息を漏らす亜季はイスから立ち上がり、俺をただ真っ直ぐに見ていた。名前を呼ばれたってだけで、こんなにもバカみたいに震えてる。



「来て欲しいって言ったのはお前だろ?」

「そう、だけど…だって来てくれないと思ってたから」

「元カレなんか呼んで大丈夫なのかよ」

「うん。それは大丈夫だから心配しないで」



新婦の控え室にはタイミングが良かったのか他に誰もいない。ドレスを纏う亜季にぐっと息を飲み込んだ。結婚…すんのか。あぁ、そうだよな。これがずっと亜季の夢。幸せになれるんだろう。

亜季は俺でなくても、キラキラ眩しく笑えるくらいには幸せを掴める。だけど俺は?俺は亜季をまだ想ってる。愛してる。忘れられる訳がなかった。俺を幸せにしてくれる女は亜季しかいない。



「結婚なんかすんな」


変わらない亜季を見たら我慢していたものが再び溢れ出していた。本当はずっと心にもどこにも亜季がいたんだ。



「なに、言ってるの」

「なにって俺の気持ち」

「…意味わかんない」

「好きだ。愛してる。だから結婚なんかするな」


そっと抱き寄せると、止まっていた時間がやっと動き出した気がした。4年間も触れなかったんだから4年分の愛が伝わるように抱き締める。相変わらず小さくて温かい。なんで俺は亜季を手放したりなんかしたんだよ。後悔なんかいくらでもしてやる。



「自己中なところ変わってないね」


ふふ、っと微笑む亜季はやんわりと俺の胸を押し返し目線を下げた。また間にできた距離は縮めたくたって縮まらない。



「今更…遅いよ」

「今更なのはわかってる。だけど、嫌なんだよ。亜季が結婚すんのも俺じゃない男がこの夢を叶えんのも…」


情けない。どうしようもない。亜季が綺麗すぎるせいだ。お前のこと直視できない。小さくすすり泣く声に伸ばしたくなった手をぎゅっと抑え込む。



「ごめん最後の悪あがき」

「……え?」

「亜季は幸せか?」

「うん…今ね、私すごく幸せだよ」

「旦那はいい男?」

「私には勿体無いくらい、いい男。寛樹よりもね」

「はは、なら…うん。なんも心配はいらねーな」


亜季がよく小さなイタズラをした時にバレたらするあの笑顔が憎くもあって愛しくもあった。それが目の前にあって、そういえばあんな事もされたなー。と昔の思い出たちが蘇る。



「幸せになれよ」


絶対に言えない。言いたくないと思っていたセリフが自然と口から零れ落ちた。この瞬間、ずっと抱え込んでいたものがスッとなくなった気がする。今、俺は心から祝福できている。



「寛樹も絶対…絶対幸せになってよね!」



キラキラ眩しいドレスも指輪も亜季の笑顔には勝てないよ。




「あぁ。亜季よりもいい女見つけてやるから」



精一杯の強がりはダサいから気付かないフリをしてくれ。

よくある映画のように上手くいくなんて端っから思っていなかった。純白を纏う愛しい女をここから連れ去って2人だけの世界にいってしまいたい。でも現実は少しの賭けと分かり切っていた結末にエンドロールがかかる。

今日俺は最後にひっそりと泣くだろう。どこにいたって、いくつになったって愛した女の幸せ願える俺でいたい。次こそ交わした約束は守るから。






prosit

(君に逢えてよかった。)



気持ちは言葉に!幸せな結婚をしたいものです( ^▽^ )ww






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