レッド・ブルー

 まぁ、俺は赤って色が嫌いじゃないし似合うと思うから、結構自分でも身につけたりする。

 や、身につけるって言っても、もちろん服とかバッグとか自転車とか、そういったものだ。

 赤が好きだから、赤いものなら何でも全身に身につけたいわけじゃないんだって。分かるだろ?

 俺は防災基地のトイレで必死に顔を洗いながら思っていた。




レッ・ブルー




 実は今朝、遅刻気味で家を出た。

 俺の誕生日ということで昨日から彼女が官舎に来ていたのだが、喧嘩をしてしまった。理由は簡単で、贈られたプレゼントが気にくわなかったからだ。

「だからさ、俺、これだったら赤が良いって言ったじゃん」

「でも誠治郎、昨日は青もカッコイイって言ってたじゃん」

「俺はその隣のリュックのこと言ったの!」

 目の前のテーブルには「ハッピーバースデー」と書かれたチョコプレートが乗っかったケーキと、今開けたばかりの包み紙。包まれていた青いメッセンジャーバッグは床に置き去り。

 泣き出すジョニーに、俺の誕生日なのになんでお前が泣くんだよとイライラしながら、「分かった分かった。これでいいって」と頭を撫でてやる。

 なのに、ジョニーは泣きながら首を横に振った。

 ……何が不満なの。爆発しそうになる。せっかくの誕生日。

「誠治郎っ、喜ばせたかった……っ」

 そんなこと言われても気にくわなかったもんは気にくわなかったんだ。しょうがないだろ。俺だって赤のメッセンジャーバッグがもらえると思って期待してたんだ。

 女の身勝手さを再び噛み締めながら、「喜ばせたかった」という言葉だけを良いように取った。

 じゃあその体で喜ばせてみろよ、と。お仕置きも兼ねて激しくしたせいだろう。今朝はそれで少し寝不足だった。

 小鉄さんってば俺んとこおいてさっさと行っちゃうし、例のメッセンジャーバッグしょって自転車ぶっ飛ばして、息を切らせながら防災基地まで来たんだ。

 今日が羽田への出勤じゃなく防災基地への現地集合で良かったと心から思いながら、時計を見ると少し余裕があることに気が付いた。廊下を歩きながら乱れた呼吸を治そうと深呼吸を繰り返す。

「あ、おはようございます!」

 ロッカールームへ行く途中に嶋本隊長と一ノ宮さんに会った。別に遅刻したわけじゃないけど、あえていつもより明るく挨拶をする。

「……」

「……」

 が、ぽかんとする二人から挨拶が返ってくることはなかった。

 なぜそんな反応をするのか? とりあえず黙ったままの二人に、ニコッと笑ってみせる。

「? あの……俺の顔、なんか付いてますか?」

「ブフッ!!」

「ククッ!」

 突然吹き出す二人に、何が何だか分からない。理由も分からずに笑われるのって、マジで気分悪い。

「なんすか」

「いや、おはようさん。汗だくやな。寝坊でもしたか?」

「はい、まぁ、ちょっと」

「大口ィー、今日はなかなか男前だなー! ははっ」

 一ノ宮さんにそんなこと言われたことはない。むしろこの人がそんな風に言ってるのを冗談以外で聞いたことなんかなくって、「どうもありがとうございます」と軽く乗っておいたら最後にもう一回笑われた。

 あー。いよいよもって気分が悪い。

 ロッカールームであらかた着替えてトイレに行こうと廊下へ出ると、兵悟が通り掛かった。

「お、兵悟。おはよ」

「あっ、大口さ……」

 「ん」で終わるだろうその言葉が途中にもかかわらず、兵悟は口を閉じた。それどころかキョドって辺りと俺を交互に見る始末。

 さすがに得体の知れない何かで変な反応をされるのにも怒りを覚えて、兵悟を壁に押しやった。

「おい。なんだよ、さっきから。みんなして人の顔見るなり変な反応しやがって」

「えっと、そのっ!」

「俺の顔になんか付いてんだったらハッキリ言えよ!」

 大声にビビったのか、兵悟は薄ら笑いを浮かべて自分の唇に触れた。

「なに?」

「唇に……っすみません!! 俺にはやっぱ言えないです!」

 兵悟はそう叫んでダッシュで消えていった。

 唇? 手の甲で唇を拭ってみると、そこにベットリついた見覚えのある赤。

「!!!??」

 声にならない声を上げてトイレに駆け込むと、鏡には口元を真っ赤な口紅で汚したような男がいた。紛れもなく、自分。

「ジョニーーッ!!」

 おそらくさっきまでは綺麗に塗られていたのだろうが、手の甲で拭ったおかげで唇からは大きくはみ出している。

 この色はジョニーがいつもつけているやつだ。

「ジョニーのやつ!!」

 こんなことをするなんて、昨日のお仕置きでは生温かったようだ。今日こそ根本から解らせてやろう。心の中で俺の中の何かがメラメラと燃えていた。

 嶋本隊長も、一ノ宮さんも、兵悟も。何でみんなあんな顔をしたのかがようやく解った。仮にも俺は公務員で、こんなふざけたこと平気でやれる立場ではないのに。

 しかし何度水で唇を洗っても赤が取れた気がしない。自分で伸ばした分は落ちたのだろうが、擦れば擦るほど赤みを増す唇に諦めを覚える。

 時計を見ればもう行かなければならない時間で、トイレから飛び出しながら最後に手の甲で濡れた顔を拭った。

 その時また、赤が頬についたなんて思いもしない俺は、怒られないようにと笑顔を作って登場したのだった。



おかげさまで
一生忘れられない誕生日に
なりました。


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