こいつのおかげで、何度死にたくなっただろう。そして、何度男になりたいと願ったことか。
子供なんかいらないからどうか、今ある痛みを消してくれ。そんなことを思わずにいられない。
この痛みを解るのは、わたしだけ。痛みと共に孤独を感じながら、わたしは静かな部屋で一人、膝を抱いていた。
生理痛
生理痛が重いわたしは、今月も痛みに堪えかねてベッドの上でのたうち回っていた。
勿論仕事は休み。「毎月毎月……これだから女は」と理解のない上司に文句を言われ、「わたしだって男に生まれたかったです」と言い放って電話を切ってやった。
痛みが激しくなった頃には鎮痛剤は効かず、わたしは痛みに悶えるしかないのだ。
「♪〜」
さっきから何度か携帯が鳴っている。あぁ、そういや今日、基が来る約束をしてたっけ。
体を引きずりながら、メールを返さなければと思い携帯を開くと、着信は全部メルマガで。カチンときたわたしは携帯を床へ投げ捨てた。
普段ならこんなことでカチンとはしないし、イライラもしない。が、この痛みがあっては平常心でいられるはずがなかった。
まぁ、毎月こうなのだが。
「♪〜」
また携帯が鳴る。
床に転がったそれは、もう手を伸ばして届く範囲じゃない。またメルマガだったら体力の無駄遣いでしかなく、放っておくことにした。
基からだったとしても、いいや。鍵は渡してあるから部屋には上がってこれるし、もし急な仕事で今日の約束はキャンセルだったとしたら、メルマガ以上に無駄だ。
一瞬の痛みが引く時を見計らって、眠れるように目を閉じる。
通常、痛みは眠れぬほど激しいものだが、今月はラッキーなようだ。いつの間にか、わたしは眠っていた。
部屋に、ガチャッと鍵と扉をそっと開ける音が響く。鍵を開けて入ってくるということは、基が来たのだろう。
目が覚めてしまった。だが起きればまた痛みと戦うはめになる。痛みが目を覚まさぬように、わたしはもう一度目をつむった。
「ジョニー」
別に狸寝入りというわけではない。が、答える気にも、起きる気にもならなかっただけだ。
「大丈夫かな……」
仕事場に連絡をする前、「うちに来ても生理痛で寝てるかも」と基にも連絡をしていた。
基はそっと布団を直すと、わたしの額に優しく触れ、そっと前髪を掻き分けた。
さっきまでの痛みで脂汗が出ていて、ベタッとする。額に前髪がくっついていたみたいだ。
っていうか、脂汗が出るほどの痛みって、よく堪えていると思う。
「あーあー、こんなところに携帯放り投げて。壊れちゃうよ」
放っておいてほしい。わたしだって、壊したくて放ったわけじゃない。衝動的に、仕方なく、だ。
もぞりと寝返りをうつと、基が携帯を拾いテーブルの上に置くのが見えた。振り返り様に目が合う。
「あ。目、覚めたんだね。どう? 大丈夫?」
「……駄目だった。今は、寝てたから痛くないけど……」
「やっぱり。まだ顔も青いし、しんどそうだね」
枕元に寄って、顔を覗く基の腕時計が見えた。時間はいつの間にか夜九時を回っている。
今日は仕事が終わってから、七時頃にはうちに来れるって言ってたのに。嘘つき。
「やっぱりさ、一度病院に行って診てもらった方がいいよ。子宮内膜症とか子宮筋腫だったら大変だよ」
確かに、職場の奥さん達に何度か聞いたことがある。毎月生理痛が重く、診てもらったら子宮筋腫だったとか、内膜症で「子供ができにくくなってるかも」と言われたこと。
子供が欲しいのなら、きちんと診てもらった方がいいと、みんなにも勧められていた。
確かに、子供のことは考えている。基のことだ。きっと子煩悩な父になるに違いないし、きっと基とだったら幸せで楽しい家庭を作れることだろう。
「ん〜。……でも婦人科に行くのは抵抗あるんだよねー。知らない人の前で足を開くわけだから」
恥ずかしいだろうし、どんな診察をされるのか分からない。だから怖い。
「じゃあ女医さんがいる病院調べてみるから、行っておいでよ。一人で行くのが嫌なら、送っていこうか?」
そういうことじゃないんだけど。
「分かった。今度行くから」
「うん。そうだ。何も食べてないと思って、色々買ってきたんだ。ジョニー、蕎麦好きだしツルッと食べられるからいいだろ? すぐ作るよ」
「あ、いいよ」
すでに痛みは目を覚ましはじめていた。
「動きたくないんだ」
「そんなこと言わずにさ、少しは起きて食べなきゃ」
「いいの……」
「でもお腹空くでしょ?」
「空いてないってば」
「ジョニーの好きなナタデココ入ったヨーグルトも買ってきたのに」
何度も呼んでベッドから出させようとする基に、わたしはイライラがつのり「いいの!」と叫んでいた。
「所詮基は男で、わたしの痛みなんか解らないよ! わたしがどれだけ男に生まれたかったか解る!?」
簡単に動ける痛みだと思われてるのなら、心外だ。
「……」
ハッとしたのは、グッと何かを堪える基の顔に気付いたから。気まずくなったわたしは、背を向けてベッドへ入り直した。
なんてことを言ってしまったんだろうと、深く落ち込む。イライラするにしたって、基に当たることないのに。