ここにいるよ

「高嶺さん」

 付き合い始めて一ヶ月。

「高嶺さん?」

 高嶺さんはわたしを大事にしてくれる。

「……高嶺さんっ」

 毎日幸せな日々を送っていた。

 でも……ここ最近、高嶺さんは何か変だ。呼んでもすぐに返事をしてくれない。

「高嶺さんてば!」

 構って欲しくて大きな背中に抱き着くと、ゆっくりと振り向いてくれた。

 ああ、睫毛長い。羨ましい。黒髪サラサラだし。

「何ですか?」

「何ですかじゃないよー」

 そう言って前に回り込み、高嶺さんの胸に寄り掛かるように座った。

 高嶺さんがよく甘やかしてくれるときにする体制になる。

「高嶺さんさぁ、最近変だよ。どうしたの?」

 「仕事で疲れてるの?」と付け足すと、高嶺さんは何も言わずに強くわたしを抱きしめた。

 その温もりに、目を細める。そして、同時に思うんだ。高嶺さんもたまには甘えたいんじゃないかって。わたしばっかり甘ったれて、高嶺さんはそれを包んでくれて……。

 少しだけ、罪悪感。

「ベッドに行きますか?」

「えっ!?」

 そのまま抱えられ、ゆっくりとベッドに落とされた。

 拒否するつもりはないけど、突然びっくりする。どう言葉を発したらいいか分からないで「あ」とか「う」とか、そんな声ばかり出していた。

 ふと、高嶺さんの目を見ると少しだけ寂しそうな顔。手を伸ばして、さらりと頬に触れる。

 わたし、何かしたかな。何が高嶺さんにそんな顔をさせてるのかな。

 高嶺さんはわたしの手に自分の手を重ねた。

「ジョニーさん……私の名前、知っていますか?」

「へ?」

 あまりにも唐突に当たり前のことを聞いてくるから、間の抜けた雰囲気をぶち壊すような声が出てしまった。

「え、どうしてそんなこと聞くの?」

「知っていますか?」

 繰り返す高嶺さんは、わたしの手をキツク握った。

 「……知ってるよ」と呟いて、高嶺さんの頬を撫でる。

「嘉之、でしょ? 高嶺嘉之」

 途端に高嶺さんは優しく笑って、甘い甘いキスをくれた。

「いつも、思っていたんです。いつになったら名前で呼んでくれるのかって」

「……だから呼んでも返事してくれなかったの?」

 また、優しく笑ってキスを降らす。

 「そうだよ」って、言っているような気がした。だから、ただ黙ってその唇を受け入れた。

 彼なりの、甘え方なんだろう。

 優しくて気が利いて、包み込んでくれて、お菓子の包みなんかバリバリに破いちゃう人だけど……。人を助ける仕事をしてて甘えられないなんて苦しいと思うから。

「嘉之さん、わたしはここにいるよ」

 いつまでも、わたしがいるここに帰ってきて。そして甘やかすだけじゃなくて、そうやって甘えて。

「ええ。ここにいてください」

 幸せな日々を、繰り返したい。お互いそう思っていればいいと思った。

 そしてその末に、未来を託したい。

「嘉之、さん」

「何ですか?」

「好き……」

「嬉しいです」

「嘉之さんも言って!」

「……」

「わっ!」

 布団の中に押し込まれて、熱い熱いキスが唇を塞いだ。

 小さな暗闇の中で、いけないことをしているみたいな感覚に、心臓がうるさい。

「私も……ジョニーさんを愛しています」

 暗闇で表情は見えなかったけれど、それは確かにわたしの幸せになった。



ここにいるよ
だからもっと、
甘えて甘やかして。


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