海保とか、公務員だからって真面目な人達だと思ってた。
そんなのが、ただの理想だったって気付かせてくれて、ありがとう。おかげでこれ以上無駄な時間を費やすことはなくなるわ。
ねえ。
あなたはこんな私をどう思ってるの?
でも、気付いたこと一つ
「大口さんって軽いですね。もっと真面目な人かと思ってた」
初対面。出会って数十分で言ってしまった。辺りの空気は当然凍りつく。
看護士の私は同僚に誘われ、あまり乗り気ではなかった海保との合コンに出席した。なんでも、相手は特殊救難隊という潜水士のスペシャリスト集団らしい。
元々一緒に参加した同僚達とは仲良くないし、合コンという空気も好きになれなかった。しかしどうしてもと頼まれ、ある程度したら帰るつもりでやって来たのだ。
仲良くはないが、嫌われたり孤立するようなことはしたくなかった。
しかしそこで目の当たりにした現実。あまりにも想像と違ったものだから、つい声にしてしまった。やってしまった。
「……」
隣にいた大口さんはきょとんとする。まあ、当然だろう。
「え、そんな風に見える? 軽いの嫌いなんだ?」
一瞬でさっきと変わらずニコニコする大口さん。私はこういう何を言っても気にしないようなタイプが苦手だ。
だからか、勝手に口が追い討ちをかけていた。
「見えます。当然軽い人は嫌いです」
グラスを傾けながら私の目を見てる。ずっと……じっと。
見透かされそうな大きな瞳に耐えきれず、私は目を反らしグラスに口を付けた。
「ジョニーちゃんって、モテないでしょ」
怒ってないと言えば、嘘になる。が、失礼なのはお互い様だ。
平静を保とうと、小さく息を吸い込む。
「綺麗だけど毒吐くし、つまらなそうな顔しかしないもんね。患者さん恐がってない? あ、AVだったらそんなSっぽい看護士もありだけどね〜」
ケラケラ笑う大口さんに、心を踏みにじられた気分だった。
「この中でジョニーちゃんが一番綺麗だけど、他の子の方がよっぽど可愛いげがあるよ」
「死ね」
考え付く中で一番の捨て台詞を吐いて、鞄を手に席を立った。戻る気はない。
所詮時間の無駄だった。
きっと明日には同僚達から冷たい目で見られるだろう。空気が読めない、雰囲気を悪くする女だと。
……やりにくくなってしまう。
こんな性格のせいか昔から孤立しやすいくせに目立ち、私は自分の過ごしやすい環境を作ることに必死になっていた。
だから今回も付き合いで参加し、明日もまたいつも通りになるはずだったのに……。
明日にはまた噂が広まり、過ごしにくい日々が続くのだろうか。それとも尾ひれのついた悪い噂を耳にした患者から、気にくわないとクレームばかりでクビになるんだろうか。
……いや、悪い噂なんて嘘だ。全て本当のこと。クレームも患者さんが常日頃抱いてた不満だ。
どうしてどうして、自分のことを正当化しようとしてしまうんだろう。
こんな自分が嫌いになっていく。だけど口は止まらない。変わりたい。
「ハハッ……いっそのこと、本当にAV女優にでもなってみようかしら」
「無理!! ぜってー、ジョニーちゃんは無理だからっ」
居酒屋を出て数分後、突然誰かに肩を捕まれ振り向けば、肩で息をした大口さんがいた。走ってきてまで、まだ文句を言い足りないのか。
もうこんなに痛いのに。放っておいて欲しかった。
「ねぇ、聞いてる? 無理だから」
「そうね、このビジュアルでなんて無理ね。ご忠告ありがとう、サヨナラ」
二度と会うことはない。最後に精一杯笑ってやった。
肩を掴まれたその手を振りほどいて、振り返って走り出す。私に性的魅力がないんだと言われた気がして、本当に悔しかった。
苦手なパンプスが走りづらい。早く脱ぎ捨てたい。嫌いなスカートが歩幅を小さくする。めくれても気にしたくない。みんなに会わせた流行りのふわふわカール。今すぐ元に戻してしまいたい。
こんなのキャラじゃない。どうしてこんな恰好してるの?
全部全部脱ぎ捨てて、私らしい私のままでいれたらいいのに。やりにくくなるのが嫌でみんなに合わせてたら、いつの間にかすごく窮屈だ。
隠そうとすればするほど苦しくて、直そうとすればするほど悪くなる。
どうしたらいいの?
「ちょっと……! オイ、待てってば!!」
追い付かれ、また腕を捕まれ無理矢理振り向かされる。
「ちょっ、なんで泣いてんの!?」
「馬鹿じゃない!?」
何を言われても平気な女だと思っているのか。
「あのさ、なんか勘違いしてるとこあるみたいだから説明するけど」
「聞きたくない!!」
今すぐに、こんな髪ぐしゃぐしゃにして化粧も落としてやるんだ。コインロッカーにしまったシャツとパンツに着替えて早く帰るんだ。
必死に手を振りほどこうともがくと腕に入る力は強くなり、振りほどくことができなかった。
「いいから聞けよ!! さっき飲み屋で言ったことだけど、確かにひどい言い方だった。謝るし」
掴まれた腕が痛い。
大口さんの変わらない軽い言い方に、私は“まあいいか”で済ませることはできなかった。
「それが謝る態度!?」
「あのさぁ、黙って聞けないの?」
「私、黙って聞くような可愛い女じゃないから!」