あの日、真田さんと話して分かったことがいくつかある。
ひとつは、いくつかの嘘をついて誤魔化していたこと。
変え難い現実を目の当たりにして、そこまでが自分の役割なのだと理解あるふりをして、簡単に気持ちを手放した。
性差ではなく全てを自分のせいにしてしまえば、他の女性達がほんの少しの可能性に賭けることができるとでも思ったのだろうか。
もうひとつ、真田さんを誤解していたこと。
あんなにすごい人だからと、現実主義で私、というか女なんか視野にも入っていないと勝手に思っていた。
そんな人が私を誉め、「また戻ってくるのか?」と、「寂しくなる」と言ってくれた。
たとえそれが社交辞令だったとしても想像すらしなかったその言葉は、私の心を救ってくれたように思う。
そして、私はレスキューが、真田さんが好きなこと。
いっそ退職してしまえば悩んだりする事も、劣等感や無力さを感じる事もないんじゃないかと思ったりもした。
だけど自分の未熟さを思い知らされて、同じ潜水士としての劣等感を感じようとも、遠い存在だと再認識しようとも、あの眩しさが、彼を好きなことを止められなくさせる。それが太陽であるかのように、できるだけ近くにいたいと思わせる。
私は、真田さんが好きだ。
サヨナラCOLOR・2
あれから二日後。仄暗い気持ちを引きずったまま、出発の朝は否応なくやってくる。
その日は朝から雪が降っていた。六隊は昨日から当直で、東京駅まで送ってくれたのは非番の星野と大羽だった。
当直が終わるまで、三十分。新幹線が発車するまで二十分はある。急いでるわけではなかったが、この時間に出ると決めていた。
会いたくなかった。
優しい兵悟に。メグルに。六隊に。
最後に会ってしまえば、売り言葉に買い言葉で、見苦しく悔しさをぶつけてしまいそうだと感じた。諦めたくない本音を、無様に晒してしまいそうだった。
最後くらい、いや、最後まで、格好つけて終わりたかった。
眩しさの中にいる彼らに、そこにいられない嫉妬をぶつけてしまったら、もう二度と顔を合わせられないとすら思ったから。
冷える空気をまとう星野の手から、キャリーケースを受け取る。
「寒いのに、こんなところまでありがとう。わざわざ荷物まで」
「何言ってんのさ。向こうはもっと寒いんでしょ? 気をつけてね」
「うん。ありがとう」
「タカミツが見送れなくて残念がってたぞ」
「今日から当直だってね。タイミング悪くて会えなかったし。でもメールくれたから。向こうに着いたら、またメールするよ」
「送別会もできんくて、すまんかったのう」
「ううん、いいの、急だったし。わざわざ東京駅まで、こうやって送ってくれるだけで本当に嬉しいよ」
送別会なんて、しなくて良かった。
最後だと実感してしまうから。そしてきっと、優しさに耐え切れず晒し出してしまうから。
トッキューでも送別会の話をされたが、断った。おそらく向こうもこちらの気持ちを察して聞いてくれたのだと思う。
いなくなって、せいせいする。何の為にいたんだ? やっぱり無理だったじゃないか。正直邪魔だった。口にされなくても表情で、態度で伝わってきたもの。送別会でまでそんなこと感じたくないし、思われたくなかった。
日々のそんな空気を、最後まで引っ張りたくなかった。
「波乗り」
大羽が、ポケットから握り拳を差し出した。
「昨日、基地を出る時に預かった」
拳から落とされるそれを、両手で受け取る。
「真田さんが、これを聞けって」
それは真田さんが使っていた、見覚えのあるUSBメモリだった。
「真田さんの……」
聞けって言うからには、音楽とかそういったものが入っているんだろうけど……なんだろう。真田さんの好きなアーティストの曲かなんかかな。
想像がつかないまま、それをギュッと握り締めた。
“私へ”と、真田さんがくれたもの。きっと、もう手放せない。
サヨナラすると決めたのに、真田さんのせいで引きずってしまいそうだ。困ったように、笑うしかなかった。
「ありがとう、大羽」
「あぁ」
時計を見ると、発車まであと十五分程になっていた。
「じゃあ、もう行くね」
キャリーケースの持ち手を握ると、背筋が伸びた。
サヨナラと手を振った後、二度と振り返ったりしなかった。
改札を通り新幹線の中、窓際の席に座るとひと息つく間もなく、手持ちのハードケースに入れておいたノートパソコンを開いた。
真田さんからという嬉しさと、何が入っているのか分からない怖さと、なぜ私にこれをくれたのかという疑問。
心の中がぐちゃぐちゃになりながら、でも何かを期待しながら、きっとそれが解消されると信じてUSBをパソコンに挿した。
開かれたフォルダには動画データと、音楽データが一つずつ。それぞれ1、2と番号が振ってある。
ポケットにしまっていたイヤフォンをパソコンに繋ぎ1と書かれたデータを開くと、プレイヤーが起動して、音楽と共にトッキューのみんなと撮った100キロ行軍のゴールの写真が映った。
音楽は、「サヨナラCOLOR」という歌だった。
音楽に乗せて、ヒヨコの六人で撮った写真や飲み会での写真、広報で使った写真、トッキューで折々に撮った写真が流れていく。