「ただいまー」
「お帰り」
ある晴れた日のこと。数年振りに実家へ帰っていた彼女が、一週間振りにこっちへ戻ってきた。
ドサッと荷物を部屋の隅に置けば、大きな旅行バッグをすぐに整理し始めた。そこから土産だ何だと出てくる。
「いやー、しかしなんで都会はこんな、いきなし人多いんだかねー」
「え?」
いきなり? おいおい何言うてん。人多いのなんていつものことやん。
「いやもう、人の数がおどげでねーのよ! 本当、向こうは平和だなぁ」
おど……なに? 人の数がなに?
以前から確かに名残のあった不思議なイントネーションが、意味不明な言語と共にパワーアップして帰ってきたようだった。
いや、分かるけど、実家帰って言葉が戻るって。せやけど……
「あ、そういや電話で言ってた切手、帰りに買ってきたからなくす前にねっぱしといて」
そう言って小さな袋に入っている切手を俺に手渡すと、重ねてコンビニおにぎりのゴミなんかが入った袋を渡してきた。
「んで、これなげて」
「……?」
「ほい」と言ってジョニーにそのゴミ袋を投げてやると、途端に睨まれた。
「ちょっ、なんでぶつけるの!?」
「投げてって言うたやろ? え?」
「なげてって……ゴミ箱になげんだよ」
いや、うん、なんとなくゴミ箱行きやなとは思ったけど、投げて言われたもんやから。
「そいっ」
「ごめん……。なげてって、捨ててって意味」
ゴミ箱に袋を放り投げる俺を半ば呆れ顔で俺を見るジョニーに、「勿論分かっとるで」なんて顔をして笑ってみた。
荷物も落ち着いたところで、土産の喜久福って大福を食いながら茶でも飲もうということになり、緑茶を入れていつもの位置へ二人で着いた。
「はぁーっ、お茶うめ」
「この大福もうまいな。甘いけど」
「んでしょー? っていうか聞いてよ。ここ最近実家に全然連絡してなかったって言ってたじゃん」
「あぁ」
「帰った途端いきなしごしゃかってさー。便りがないのは元気な証拠だって言ったら、おだづなよーなんて。おだづなよーなんて言われたの、子供の頃以来だよ」
イキナシゴシャカッテサー? オダズナヨーナンテ?
ジョニーは意味の分からん呪文を唱えながら頬杖ついて、なんだか懐かしそうな顔で微笑んどる。
「久々にごしゃかったなー」
「……」
「そしたっけ、お母さんってばお父さんの話遮って進次の話しはじめて、したっけお父さんも機嫌良くなってさー。助かったわー。いつでも嫁さけっからなーなんて言ってた。今度おらいさ来いって」
そしたっけ? 何をしたっけって? 知らんがな、何もしとらんわ。嫁さ蹴るとかもう意味わからん。嫁さん蹴るんか。んでどこに来いって。
「もう……すまん、なんて?」
「え?」
「もうホンマ何て言ってるか分からん、その、仙台弁?」
「仙台弁なんてないけど……」
「じゃあ宮城弁か?」
「いや? 単なる方言?」
「なんやそれ。仙台ってそんな訛っとるん? お前絶対出身仙台ちゃうやろ」
「いやいや、訛ってる人は訛ってっからね! 仙台市内でもちょっと外れると海と山だし、わりかし農家多いし。マジ仙台市青葉区とか言ってもいきなし山奥あるから」
「もうホンマ分からん。さっきからいきなりいきなりって、突然何がどうしたん」
「あ、そこ!? えっとー、まぁ“いきなり”じゃなくって“いきなし”って感じなんだけど、めっちゃって意味。突然じゃなくて、すごい人多いなーって」
「通じんわ! 突然人多いとか、何事かと思ったやん。で、おどけるって、何が?」
「あー、おどげでねぇって、マジパネェって意味。“おどけてる”わけじゃなく。まぁ、“とんでもなく”ってとこかなぁ」
「そしたっけって?」
「そしたらさ、って。“したっけ”って“そしたら”って意味だから。そういう話ししたっけ、とかのときは“そういう話をしたら”っていう意味になる」
「“行動しただろうか?”って意味ではないと」
「そう。疑問じゃないのさ」
「はぁー、なるほど。でも一週間家に帰って訛りがそんなひどくなって帰ってくるとか、ビックリやでホンマ」
「んだってさー」
「分かるけど、その“ん”で始まるとことか」
「んだってさぁ!」
「また言う」
テレビを見ながらようわからん言語の土産話を聞き、大福を頬張る。
「平和やなぁ……。なんや眠たなってきた」
「んだからねぇ」
「……うん?」
「え? んだからねー、って」
「あ?」
「いや、あっ、そうか……あー、日本語難しい」
「難しいの日本語ちゃうやろ、その方言や。さっきっから、“だから”の続きどこいったん?」
「いや、だからね、あ、ここの“だから”は使い方が普通なんだけど、宮城で“んだから〜”とか“だから〜”って同意って意味だから」
「はぁ? そうなん?」
「うん。今日も暑いねー、んだからねぇ、って。そうだねーってこと」
「うわー、気持ち悪っ。続きないとか、消化不良やん……。めんどくさいから実家戻る前の言葉に戻せや」
「じゃあ、あんたもね」
「俺のはしゃーないやん」
「ほいなのしゃねよ」
「スマンそれは分からん」
「そんなの(ほいなの)知らないよ(しゃねよ)」
「……」
「はぁーっ、お茶うめ」
温かいお茶に美味い大福。ゆったりした時間と意味不明な言語で語られる土産話。ほんま、今日も平和やなぁ。
でも、ほんま話通じんから早よ戻れ。
ある晴れた日の日常。