ハードロマンチッカーズ1

 はあぁ〜、と深いため息をつくと、それは寒さで白くなった。

「ようやく今日が終わる……」

 わたしはこの瞬間を楽しみにしていた。今週中ずっと。

 クタクタの駅からの帰り道、それでもわたしの足は浮足立つ。

 今日が終わると言っても夜中12時を回るわけではない。仕事という一日の使命を終えたから、そう感じるのだろう。

 明日は、他の誰かにとっては何でもない平日。でもわたしにとってはとっておきの日。

「んも〜、何して過ごそう!」

 なんたって明日は休み! 怒涛の連勤と残業の連続で疲れきっていたわたしにとって、明日がどれだけ待ち遠しかったろう。

「あ、帰ったら途中だったゲームでもやろうかな!」

 次の日のことなんか気にせずに夜更かししちゃっても良いし、昼間からお酒も飲めちゃうし、好きなだけ寝れる。

 それがとにかく嬉しかった。

 それで進次も休みだったら、二人でぐうたらして過ごせるのに。そんな風に平和を、一日噛み締めるのがわたしの休日の楽しみ方だった。




ハードロマンチッカー




 家に着いたのは、夜9時を回った頃だった。外の寒さから中の温かさに変わって、頬の冷たさが溶けていく。

 リビングに進むと、ソファに寝転んでテレビを見ていた進次が振り返る。

「ただいまー」

「おかえり」

 むくりと起き上がり「あんな、今日な」と寄ってくる様はまるで子供のようで可愛かったりする。

 外では見せない姿に幸福を感じながら、進次の胸に鼻をこすりつけた。

「はー……疲れた……」

 この匂いと体温が、何より安心する。不思議と癒される。そして家に帰ってきたんだなぁと感じて、やっとそこでわたしを解放できるのだ。

「お疲れお疲れ。うぉ、冷たっ」

 頬を寄せられぽんぽんと頭を撫でられると、安心感はわたしだけのものじゃないんだと思う。

 本当に、進次といられて良かったなぁ。

「なぁ、あんな、俺今日メシ作ってん」

「本当に? 何作ったの?」

 二人でキッチンに移動して、キッチンにあった鍋を覗き込んだ。

「鍋!」

「うん、鍋ね。あ、中身も鍋」

「うまいで。出汁とか」

「お、おぉ……寒いからいいね、鍋は。ありがとう」

「最近残業ばっかで疲れた言うとったし、たまにはな」

 なんか、たまに一生懸命料理本を見ながら作ってくれる。不器用だけどそれが可愛らしく、とても嬉しかった。

 別に好きとか直接的な言葉がなくったって、こうやって進次がわたしを思って何かしてくれる。

 そこから愛を感じるから、わたしはそれで幸せなのだ。とても。




 ご飯を食べてお風呂に入って、さぁ、じゃあゲームしまくるぞというとき。残っていたコーラでも飲みながら〜なんて思って冷蔵庫を開けた。

「あ。コーラない」

「あー、全部飲んでもうた」

 一睨み。

「せやって、ちょびっとしかあらへんかったもん」

 目を反らすのが可愛い。本当に外で「鬼軍曹」だなんて呼ばれてるのか疑問になる。

「えー、そして何もないんだけどぉ……」

 あいにくコーラどころか麦茶も作ってない状態で、万全の状態でゲームをしようと思っていたからガッカリする。

 インスタントでアイスコーヒーって気分でもない。っていうかもう炭酸の気分だったのに。

「コンビニ行くか?」

「えー。もうお風呂入ったしなぁ」

 もう日付も変わった。外はさっき以上に冷えてるだろうし、濡れた髪を乾かすのも面倒だ。

「ええやん。一緒行こう」

「……」

 そうやって、めんどくさがるわたしを外へ連れ出すのだ。その笑顔で。

 しょうがなく、部屋着の上に温かいコートを羽織ってマフラーをグルグルと巻き、寝静まった町へ出た。




「……やっぱおでんも買うべきだった?」

 コンビニを出ると同時に、ポケットに入れていたウォークマンの再生ボタンを押した。イヤホンの右と左は、わたしと進次に繋がっている。

「さっき鍋食うたやん。しかしまぁ、ポテチとドンタコスとチリポテトとてりやきバーガーて。ジャンクフード中毒め。しかもポテチ系ばっか」

「だって、食べたいじゃん。休みだし」

「休み関係ないやろ。年中食うてる」

「進次だって食べてんじゃん。一緒一緒」

 荷物を進次に持たせ寒い空気に手を繋いで見上げると、空は意外にも深く黒い。冬だからだろうか。

 いつもよりゆっくり歩きながら、遠くに見えた月が眩しいくらい辺りを照らしていた。

 そして澄んだ空気の中に星が光って、柄にもなく「ロマンチック」なんて言葉が頭に浮かぶ。

「進次ー」

「んー?」

「わたしね、進次とこうしてる時が一番幸せだなぁ」

 ぎゅっと手を握れば温かい大きな手は握り返してくれる。

「せやなぁ。俺な、お前といる昼間も好きやけど、夜の方が好きやねん」

「なんで?」

「なんやろなー……俺、人前であんまりベタベタしたない言うか、苦手で」

「それは、わたしもそうだよ」

「でも夜なら人いないやん。こうやってイヤホンかたっぽずつとか、手ぇ繋いだり、やっとできる」

「そうだねー。夜って大事だよね。なんか……冬の夜の空気って綺麗だから、人を素直にさせる気がする」

「俺もそう思う」

 こうやって昼には話さないことを話して、少しだけ素直になって、性癖とかも話して、お互いを知る。

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