君に向けて、愛を囁く1

 その日は雨が降った。通り雨のくせに、それは昼過ぎから長引いて三時になっても止まんかった。

 「べつにええねん」と、照れたようなヘソ曲げたような顔をして、今日一日それを眺めながらのんびり過ごそうかと思っとった。

 だって、俺がそうしたくって。

 せやのにこういうときほど電話は鳴って、船まで車を走らせて、一人お前を車に残して。

 帰る頃は夜だろうか。何もしないうちに今日が終わってしまうと感じながら、船に乗る前にお前のむつけた顔を見た。

 本当は、別によくなんかないくせに。

 俺のいないとこでそんな顔をさせてると思うと、悔しかった。本当は俺やってお前と一緒にいたかった。




君に向けて、を囁く




 今日は厄日かと現場で肩を落としていれば、何の幸運か真田さんに会えた。

 真田さんが来た途端降っとった雨は止んで、あの人はほんまレスキューの神様に愛されてるんじゃないかと思わせる。

「もしもし。もうすぐ帰る。お前どこおったん? ……ん、あぁ、そっか、分かった。待っとってくれ」

 思ったより戻りが早くて、日が落ちきる前に戻ってこれた。もしやり直せるなら、もう一度今日を二人で過ごしたかった。

 ジョニーはまだむつけたような話し方で、それでも待っとってくれるらしい。

 通話を終えた携帯を折り畳むと、後ろから影がふってきた。

「し〜ま〜も〜と〜ぉ」

「ま、前田さん! お疲れっす……」

「もしや、電話の相手はジョニーちゃんか」

「えー、まぁ……」

 先輩の前田さんは、ほんまジョニーの話になるとうるさいし、しつこい。

 まぁ好きなものには素直な性格やから、悪いことではないんやけど……ハッキリ言うて邪魔。

 でも船着き場でジョニーが待ってる言うから鉢合わせるやろうし、嘘つくのも変やし。そう曖昧に返事をした。

「なんやねーん!」

 言うやいなやガッカリした顔でヘッドロックをかまされ、太い筋肉隆々の腕に呼吸を阻まれた。

 ちょ、あかん殺す気かこいつ。

「前会うたとき以来ジョニーちゃんと全然会うてへんし。ちゃんと今度セッティングしとけ!」

 最後にギューウっと力を込めると、やっと俺は首を解放された。

 咳込んで呼吸を繰り返すと痛む喉に、そこがベッコベコにへこんだんじゃないかと思う。

「分かったな!」

「いやっ、あいつもフリーターといえど忙しくて! 何件か掛け持ちしとるらしくて!」

 べつに俺は嘘をついているわけではない。本当のことだ。

「……自分、本当はジョニーちゃんに気ぃあるやろ」

「は!?」

「せやから紹介したくないんやろ! このやろー、俺がええ男やからって!」

「ちゃいます! あ、ええ男ってのを否定したわけじゃなくて……べつに、ジョニーが忙しい言うのはほんまやし! っていうかアイツのどこがそんなええんですか!? あいつわけ分からんですよええんですか!」

「わけ分からんとか言うな! なんか可愛いやんジョニーちゃん。妹みたいで」

「妹ぉ!? あかんあかん! あいつが妹て、どんだけ兄は振り回されなきゃならないんですか!」

「それは自慢か? 俺いっつも振り回されちゃってます的な自慢か?」

「い、いや……」

 必死こいて言い訳をする自分に、ほんま必死やなぁと思う。俺どんだけ前田さんとジョニー会わすの嫌やねん。

 再び前田さんが実力行使でなんとかしようとすると、パタパタと軽い足音が近付いた。

「あ、前田さん、嶋本センパイ、こんなとこにおった! もう陸ですよ〜」

「助かった、小西」

 このヘラヘラしとる今時の男は一年後輩の俺のバディで、いっつも俺を助けてくれる。

 仕事でもよぉ気ぃきくし、こうやって俺が前田さんに絡まれてると助け舟を出してくれる。

 身長190とかっていうのがめっちゃ気に食わんけど。

「二人とも何しとるんですか?」

「いや、前田さんがジョニーに会わせろって」

「なんですって! 前田さんそろそろ空気読んでください!」

「やかましいわ! 嶋本〜、コニ〜、先輩の言うこと聞けや!」

 小西は迫り来る前田さんの前に立ちはだかると

「嶋本センパイ、ここは俺に任せて行って下さい!」

 そう言って、まるでヒーローみたいに敵と戦う。

「なんやとコニ! お前ちょっと俺よりでかいからって調子乗っとるな!?」

「そ、そんなことないです!」

「くそくそ、離せや! せめてジョニーちゃんに会うんや〜!」

「嶋本センパイ、お疲れ様です」

「小西……すまん!」

 今度焼肉おごったる!

 暴れる前田さんを小西に任せ陸に着いた船を飛び出すと、そこは目が眩むほど眩しくて。

 何歩か、ゆっくりとそっちへ向かった。

「……おかえり」

「ただいま」

 西日に照り返されながら、むつけた顔で出迎えてくれたジョニーがオレンジ色に輝いていた。

 瞳が、キラキラ。少女のように光る。

 車を見れば、ここに来たときと同じ位置で。俺が呼び出されて帰ってくるまで大体二時間、そこから動いてないようだった。

「お前、もしかしてずっとここにおったん?」

「せやって、家帰ってもすることないねんもん。今日丸一日遊ぼ思て、なんにもせんでええように仕事片付けてきたんやもん」

  1/4 

[main]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -